第四十話 終焉の時
「…終わったの、かしら?」
目の前には動かなくなった肉塊だったもの。
それは何の前兆もなく起こった。
轟々と地響きを立てながら大回転をしていた肉スライムは煙をあげ、晴れた頃には跡形もなく消えていた。
…よく見れば焦げ茶色のヘドロのような物が下に広がっていた。
あんなに苦労して超えられなかった壁が何もせずに溶けてしまうとは…
はは、狐に化かされるとは、今みたいな状態の時に使うんだろうね。
「…努力が実った、と考えても良いのかしら」
もちろん、そんな訳がないのだが。
新しく習得したタッチ系は三つ。
バインド、ドレイン、スロー。
効果はイマイチ。
そもそもの話になるのだが、肉スライムに触れる事もままならなかった。
轟々と地響きを立てながら大回転する肉スライムに触れる事は至難の一言に尽きる。
救済の手じゃ、触れられるのは数十匹だけ。
…小賢しい事に肉スライムはイワシのように小さな個体に分裂して大群として動いていた。
一匹一匹は親指で隠せるぐらいのミニミニサイズ。
これじゃ、全身で触れたとしても体の面積の分しか触れられない。
全体の極々一部にしか対応できない。
数は力なり。
巨大な個よりも矮小な群れの方が私にとっては苦手な事を身をもって教えられたよ。
狂ってるようで元凶に対して適応するとか敵ながらあっぱれだよ、鶴さん。
何がやりたいのか分からないけど。
なに、私を閉じ込める事が目的だったとでも?
それは許さん!
一応、二つのタッチ系の効果はミニ肉スライムに触れて分かった。
バインドは触れると相手の動きを五秒だけ止める。
触れ続けていても動き出すから、止めたい時は離してもう一度触れないと発動しない。
動きを止めている間に別のタッチ系を選択しても時間が来るまで止まるようだ。
スローは触れる度に動きを遅くする。
一回一回ではあまり変わらず、数十回触れてようやく動きが鈍ったかなと思うくらい効果が些細だ。
何百、何千と触れれば動きを止めた…と勘違いする程遅くできるかもしれない。
こちらは別のタッチ系に変えても速度が戻る事はなかった。
効果が小さいのは、もしかしたら効果がずっと続くのかもしれない。
動きを止める、動きを遅くする。
一定時間発動型と永続型。
似たような効果で発動の仕方は対極と言うべきかな。
ドレインは発動すら出来なかった。
条件を満たしていないのか、触れ続ける時間が足りなかったのか。
ヒールタッチは怪我をしていないと、スリープタッチは起きていないと発動しない。
…じゃあ、ドレインは相手がどんな状態だと発動するんだろうか?
吸収しやすい状態の時って…酸でドロドロに解かす、とか?
小さくて不定形の暴れる相手に対して触れ続けないと発動しないスキルとか無理難題にも程がある。
今後において効果が分かる事を祈ろう。
最後の賭けで支配の手を習得したけど…
これは有能だけどハズレだった。
空中、少なくとも肉壁よりもさらに高い上空に手のひらを地上に向けて指を折り曲げ何かを掴むような状態の巨大な白い手が現れ、真下に居る相手を意のままに動かす効果だった。
効果範囲が単体じゃなければ良かったのに。
親指サイズの肉スライムを一匹操れた所で何をさせると言うのだ。
半ばヤケクソになりながら救済の手で穴でも掘ろうかなと考えていたら肉スライムが煙のように消えた。
正確には煙を出して焦げ茶色のヘドロのような物体に変わった。
あんなに轟々と音を立てていたのが夢だったかのように今はとても静かだ。
静か?
…鶴さんはっ!?
発狂して獣のように叫んでいたのに、今は一切声が聞こえない。
突然消えた肉スライムに気を取られて次の救済の手を出しそびれた。
逃げられたかと思って振り返ると、糸を切られた操り人形のように地面に投げ出されていた。
「あー、うん。
大丈夫ですか?」
大丈夫に見えないけど、とりあえず声をかける。
鶴さんの返答はない。
近寄って顔を見ると廃人とはこんな表情をしているんだろうなと思わせるようなモノだった。
感情が抜け落ちたような表情、力なく開いている口、何も写していない虚な目。
つまり、狂乱疲れで灰になった訳か。
「え?」
…あまりにも静かで生きているのも怪しく見え、手を伸ばした。
しかし、私の手が鶴さん、ノイマンの体に触れる事はなかった。
私の腕から一本の鋭利で太い槍のようなものが生えていた。
その槍は茶色く右側の地面から直接生えているように見えた。
遅れて両足を固定するかのようにもっと太さがあるもの一本づつ、後ろから太ももを貫いた。
『やってくれましたねぇ、お客人。
いぃえ、悪魔』
耳元で囁かれるように聞こえるこの声は…
「ドムドムさん、ですよね?
この槍はあなたが?」
私は物理無効を持っているから物理は効かないはず。
だけど、これが属性攻撃、それも無効じゃなくて耐性スキルの属性なら…効くようだ。
地面から生えているし、十中八九、土属性だろう。
青い影が向こう側の荒地の景色を透けさせながら視界を横切る。
ドムドムは私に返答をせずに鶴さん、ノイマンの周りをグルリと回るとノイマンの頭の中に手を突っ込んで掻き回す。
しかし、なんで彼女が私を攻撃してきたのだろうか?
もしや、アカラスタ同様、私を敵視していたのだろうか?
さっきも私の事を悪魔と呼んでいたしな。
『…ダメですねぇ。
先に逝かれるのにはぁ、慣れているんですけどぉ』
ドムドムは悲しげな声音で呟くとノイマンから手を抜いてフワリと浮いて私の前に止まった。
「ドムドムさん…」
『皇帝に封じられし悪魔。
お前はお母様を殺した』
いつもとは違う口調で、なんの感情も乗せずに耳元に囁くように言われた。
「…殺してませんよ。
確かに肉スライムに…」
確かに肉スライムに新しいスキルを使うと決めたのは私だ。
それでも、先に鶴さんが仕掛けたのだ。
私はそれに抵抗しただけ。
殺してなんか…
『皆も死んだ』
私の言葉を遮るように告げられた。
その一言に思わず言おうとした言葉が止まる。
「…え?」
ようやく出せたのはただの音。
なんの意味も持たない声。
『皆が狂った。
今まで男にしかなかった呪いが皆に。
お母様が狂った。
お母様の一部は暴れて皆を潰した。
ドムドムを残して死んだ』
「………」
ドムドムが言う狂気とは…自傷行為の事だろうか。
思い浮かぶのは獣のように叫びながら自傷した鶴さんの姿。
そして、鶴さんが言っていた言葉。
性の成長と共に心が狂う。
これは男にしか発現しない呪いだと言うのならば…
拠点に成人男性が居なかったのも頷ける。
ヒートタッチは性に関する効果のようだ。
お母様、鶴さんの一部が暴れたと言うが、もしや、拠点でも大回転したのだろうか。
物理無効を持つ私ならいざ知らず、普通の生物があの肉の嵐に耐えられるだろうか。
…ドムドムの言葉から結果は分かってしまう。
『魂は全て…お前の中に吸い込まれていった。
殺戮の悪魔。
不死身の悪魔。
魂を喰らう悪魔。
お前だけは許さない』
ドムドムはきっと怖い顔で私を睨んでいるのだろう。
それとも無表情だろうか。
彼女の輪郭は心と繋がっているのかまるで炎のように揺らめいている。
まるで憤怒の業火で咎人を焼かんとする獄卒のように感じるのは間違っていないだろう。
言い訳をしようにも、今更になってドムドムには言葉が通じない事を思い出した。
『お前は、永久に、ここに居るがいい』
前の地面の様子が変わっていく。
一箇所に土が集まるようにせり上がり、鋭く尖っていく。
…やっぱり土の槍のようだ。
ようやく、魔法らしい攻撃を受ける気がするよ。
胸と腹に同時に衝撃があった。
その衝撃と共に私の意識は消えた。
《目標物の残量が一定数を切りました》
《個体名アカリ388 432は回帰します》
0-0
アカリ388 432
Lv6(708/3200)
HP0/80
【ヒールタッチ】《選択中》
【スリープタッチ】
【ヒートタッチ】
【バインドタッチ】
【スロータッチ】
【ドレインタッチ】
【救済の手】
【支配の手】
【物理無効】(1/10000)
【無属性耐性】(719/1000)
【火属性耐性】(68/1000)
【水属性耐性】(122/1000)
【風属性耐性】(28/1000)
【雷属性無効】(6983/10000)
【土属性耐性】(16/1000)
【光属性耐性】(100/1000)
【闇属性無効】(3/10000)
【力属性無効】(1/10000)
【状態異常無効】(1/10000)




