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11 イケメン女子、西浦真帆 -1-

 小夜ちゃんの風邪がうつって四日寝込んだ。

 あまり覚えていないのだが、私は青柳先生の家で熱を出してしまったらしい。

 そして先生が私の母と連絡を取ってくれ、母が車で迎えに来て私を連れて帰ったのだとか。


 あのコミュ障の青柳先生が私のためにそんなハードルの高いことを……! と話を聞いた時はすごく感動した。

 が、症状が軽くなってきてからよくよく話を聞いてみるとだいぶ様相が違った。母は SNS での交流の様子から青柳先生が私の彼氏ではないかと目星をつけ、彼のアカウントをフォローしステルスで監視していたらしいのである。そして呟きで私の発熱を知り、主導権を取っててきぱき行動したのだとか。


「ええっ、嘘。だって青柳先生のフォロワーにお母さん居なかったはずだよ?」

 知らぬ間に母に背後に立たれるのは私も怖い。だから気を付けていたはずなのだが。

「えへっ。あれ、真帆ちゃんが知らない裏アカ。学生時代の友達との交流用」

 可愛いポーズするなや、美沙子四十八歳。SNSってこんな情報戦をやる場所だったっけ。母は水道局よりスパイ組織とかに勤めた方がいいのではないだろうか。

 この母に突貫されたのでは青柳先生はさぞかし衝撃を受けたろう。メンタル激弱グラスハートなんだから、優しく取り扱ってあげてよ。



 熱が三十七度台まで下がったところでおそるおそる連絡を取ってみることにした。

 SNSで軽く近況報告してからの方がいいかなと思って、先生の裏アカを確認……。


りょー@旅に出ます

思うところあってしばらくこのアカウントを休止します。いつかまたどこかで出会えましたら。


 休 止 し て る 。

 旅って何だ! どうしたの青柳先生!


 焦って blue blue blue の本アカの方を確認する。そっちは普通だった。(動きがないという意味で)

 でも少なくとも、旅に出るとか休止するとかは書いてない。


 良かったあ。いや、良くない。

「お母さん! 青柳先生に何言ったのよ、何か傷つけるようなことしたでしょう」

「何よ。普通にご挨拶して、娘が迷惑かけてすみません、これからもよろしくお願いしますって頭下げて真帆ちゃんを引き取って来ただけよ。何もおかしなことは言ってないわよ」


 その普通がくせものなのだ。

 普通の人にとってはすべり台でも、青柳先生にとってはジェットコースター。

 普通の人にとっては展望台でも、青柳先生にとっては断頭台。

 普通の人にとってはゆるい坂道でも、青柳先生にとっては断崖絶壁。


 そのくらい、先生と私たちでは見えている世界が違うのである。

 青柳先生にとって、人間関係とは常に殺すか殺されるかのデスゲーム。安心できる場所は自宅マンションのみ、そこから一歩出ればトラップとモンスターひしめく地獄のハードモード人生なのだ。


『前世は絶対に女スパイかくのいち』

 と父に断言されるような母には決して理解できないだろう。

 しかし青柳先生は、この世界に生きながら私たちとは違う世界を見て歩んでいる。

 断言しよう。母の言う『普通』は、青柳先生にとっては間違いなく空爆に等しい一大事であったのだと。


 これはヤバい。早目に連絡を取らなければ。

 ブロックされたりとか着信拒否されたりとか夜逃げされて居所がつかめなくなっていたりとかしかねない。


 SNSか。いやここは電話だ。声を聞かないと何だか安心できない。

 普段は文字だけの連絡で済んでしまうので使ったことがない携帯番号をタップする。

 コール二回……三回……五回……十回……出てくれない。


 えっ、どうしようこれ。どういう状況? 着拒という最悪の事態には至っていないみたいだけど。

1 寝てる

2 お風呂とかトイレ中で出られなかった

3 作曲中で気付かなかった

4 何か他の事情で気付かなかった

5 機械上の操作をしていないだけで青柳先生の脳内では着拒状態


 怖い。怖いよ。5番の可能性が限りなく怖いよ。

 そうだったらどうしよう。それが怖くて出来るだけ他の可能性を探ってみたけど、他全部の選択肢より5番の可能性が大きい気がしてすごく怖いよ。


 どうしよう。もう一度だけチャレンジ……。

 と思ったら携帯が鳴った。通知を見るとメッセ来てる。青柳先生から!


10:42 りょー

真帆ちゃん? 電話、くれました?


10:43 まほ@男役スター

しました!!! 青柳先生、元気? 風邪うつってません?

ご迷惑かけちゃってごめんなさい!


10:46 りょー

……真帆ちゃん? 本当に本物の真帆ちゃん?


10:48 まほ@男役スター

はい?? 真帆ですけど。


10:51 りょー

本当に本当に真帆ちゃん?


 ……何だコレ。

 あんたこそ本物の青柳先生なのか、普段なら秒を越えずにレス返って来るのに今日は遅いし。

 と思ったけどこの疑り深さは青柳先生だな、こんな訳の分からないレスしてくる人他にいないわ。


10:53 まほ@男役スター

本当に真帆ですよ。青柳先生、具合悪い? 熱出ちゃってますか?


10:56 りょー

本当に真帆ちゃん?


 しつこい。


10:57 まほ@男役スター

大丈夫です私です。脚立から落ちて事故キスした真帆です。


 事故キスのことは誰にも話してないからね。これで信じてくれるだろう。信じてくれなかったらもうどうしたらいいか分からん。

 でも何でここまでして本人確認しなくちゃいけないんだ。彼氏の自己セキュリティが高すぎる。


 で、レス返って来ないんだけど。

 普段より遅いとはいっても一般レベルから言えば十分な速度で返って来たレスが、事故キスのことを言ったとたんに無反応になってしまった。

 五分待っても十分待っても何も返って来ない。


 私、何かやっちゃった? 怒らせた? 傷付けた? 疑われた?

 何であの事故キスのことでそうなるのか分からないけど、青柳先生なら何があってもおかしくない。

 どうしよう。どうしたらいいのコレ。


11:10 まほ@男役スター

あの……青柳先生?


11:10 りょー

会いたい……


 え。え?


11:11 まほ@男役スター

分かった。今行く!


「真帆ちゃん? どこ行くの?」

「青柳先生のとこ」

「だってあなた、まだ熱が」

「もう微熱。大丈夫。薬も持った」


「無理したらあちらにもご迷惑でしょ」

「それは青柳先生が決めること!」

 私はとっとと靴を履く。


「あと、泊って来るかもだから」

 母が何か言っているが無視して家を出た。もうハタチなんだってばさ。何か言われる筋合いはない。

 学費は出してもらってるけど、勉強と恋愛は別。


 私のために水道局を休んでくれたのに申し訳ないが、ごめんそれも別。ワガママでごめん。

 午後は出勤してください、もう大丈夫だから。


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