5 母は何でも知っている、西浦美沙子 -1-
青柳先生と付き合い始めて数日経った頃、
「真帆ちゃん」
早起きしてお弁当(先生用)を作っていたら、母に声をかけられた。
「最近、夜遅くまでどこに行ってるの。アルバイトは膝が良くなるまでお休みなのよね?」
来たか。そろそろ何か言われるだろうとは思っていたよ。
ハタチを越えたとはいえ、私は一人娘。外では男役スター扱いされる私も、家ではお姫様のように両親に可愛がられ、帰りが遅くなると小中学生であるかのように心配される。最近の私の行動の変化を見過ごしてくれるわけがない。
毎朝、お弁当(朝・昼用二食分)を作り早朝から出かける。
夜は遅い(午後十時ごろまで先生のところにいるから)。なぜかタクシーで送られてくる。
……あやしいね! 私が親でもあやしいと思うわ、特にタクシー。
だって青柳先生、十七年ものの引きこもり野郎だから車の免許なんて持ってないんだもん。
その割には心配症で、夜遅いから電車で帰るのはダメとか言うし。だからと言って早く帰らせてくれるわけでも送ってくれるわけでもないし。結局、金で解決という方法を取って来るんだよ。
「あの……(広い意味での)友達の体調が(このままでは)心配で……」
「あら。ひとり暮らしの子?」
「うん、そう」
「お見舞いに行ってあげてるの?」
「うん、まあ」
ある意味、お見舞いと言えなくもないと思う。
曲が完成するまでの間、先生はまともな人間生活を放棄してしまうらしいと分かった。だから私が弁当を作って無理やり食べさせたりとか昼寝させたりとか風呂に叩き込んだりとかしないといけないのである。
「心配ねえ。その人、病院はちゃんと行ってるの?」
「うん、多分……」
青柳先生張りに目が泳いでいるような気もするが。だってあれ、病院行っても治らないでしょ。
「良くならないと心配ね」
「そうだね」
曲作りが進むにつれ、先生のボーっとした状態がひどくなっているような気がするので、心配と言えば心配ではある。
「お見舞いはあなた一人なの? 他のお友達も一緒?」
「えーとあの……友達が少ない人で……」
再び目を泳がせる私。マンションにお邪魔するようになってから、青柳先生の人間関係について聞かせてもらう機会もあったのだが、何とビックリ。
・両親(隣町在住)
・兄 (都内ひとり暮らし)
・いなかのおばあちゃん(母方)
・不登校になった時の中学の担任(年賀状やりとりのみ)
・CD作成とかの契約をしている音楽会社の担当者(年に一、二回会う)
・氏原(ブロック継続中)
・私 ←new!
これが全て。三十年近く生きて築いた人間関係がこれだけ。親族以外ほぼいないという衝撃の事実。
『あの、友達は……?』
と聞いたら、いつも人の顔色をうかがうような目をしているあの青柳先生が、
『はぁ? 何ソレおいしいの?』
みたいな乾いた笑みを浮かべたもんね。引きこもりの闇を見たわ。そしてそんな人でもあんな愛と希望に満ちた美しい歌を作れるんだから、芸術の闇も見たわ。
ちなみに氏原だが私をこのマンションに置き去りにした三日後くらいに、
『ヤッホー西浦、もう青柳先生とヤった? まだブロック解除してくれねーんだよー、お前から先生に頼んでおいてくれよ(ハート)』
という、大変失礼かつ勝手なメッセージを送りつけてきた。
もちろん即スクショして係長にセクハラの証拠として提出した。その後のヤツの運命を私は知らない。
「あの、ご家族は……いつでも助けてくれる距離に住んでるから……万一の時は大丈夫……」
「あらそうなの」
目が泳ぎっぱなしの私の視界の隅で、母が優しく微笑んだ。それから、
「それで、そのお友達って女の子? それとも男の子?」
一番聞かれたくなかったところに踏み込まれた。
こういうところ、うちの母は昔から絶妙にうまい。いつもニコニコ笑っているので攻撃のタイミングが掴みづらいのだが、確実に間合いを詰めてスパっと斬りつけてくるのである。お母さんこわい。
「えっと、その」
女の子ですと誤魔化そうかとも一瞬思ったが、藤倉のせせら笑いが頭に浮かんでやめた。
あいつに指摘されるでもなく、嘘が不得意だということは自覚している。
そして母はそのことを私本人より知っている。下手な嘘をついても三秒で見破られるだろう。
私は諦めた。
「男の人だけど」
「あら、やっぱり。そうじゃないかと思った」
母はまだニコニコしている。感情が読めない。私はこれからどう出たら良いのだろう。お母さんこわい。
「真帆ちゃん。もしかして、彼氏?」
ハイ致命傷負いましたー。
気分は剣豪に真っ二つにされたやられ役。真正面から難なく切り伏せられてしまって、私にはもう逃げる場所も方法もない。
せめて当たり前のような顔をしてこの話題を軽く流してしまおう。
そう私はもうハタチ。男女交際していようが、相手が十一歳年上の引きこもりだろうが、親にあれこれ言われる筋合いはない。ないのだ!
「そうだけど?」
私は出来るだけ落ち着いたフリをして答えた。青柳先生のように目を泳がせたり、視線をあちこちに動かしたりしてはならない。キョドったら怪しまれる。
視線は弁当箱に固定し、ひたすらおかずを詰めていく。母の顔を見る勇気はない。
「あれ、言ってなかったっけ」
自然に、自然に……。
「聞いてないわよ」
「そうだった? ごめん」
多少棒読みだが、そんなに不自然ではないはず。きっと。
「そうなのねー。もしかしたらと思ってたけど、やっぱりそうなのね。真帆ちゃん、初彼氏じゃない?」
「うん……」
母だからね。全部知られてるね。
「えー、お母さん聞きたい。どっちから付き合おうって言ったの?」
「あっちから……」
「それでOKしたんだ。決め手は? 真帆ちゃん」
「別に……」
すごい、母が興味津々で絡んでくる。これどう答えるのが正解なの? 母の目的は何なの?
「別にってことはないでしょ」
母は不服そうに言う。
「だって真帆ちゃん、昔からモテてたのにみんな断っちゃって誰とも付き合わないし。だから今回の人はよっぽど真帆ちゃんのタイプだったんだなってお母さん思うのよ」
え。あの引きこもりチキンハートのムッツリスケベおじさんが私の好みどストライクみたいなことを言われるのはちょっと心外なんだけど。
音楽もろもろも含めて好きだけど、確かに好きだけど。
あれがタイプって言われちゃうと自分がかなりの特殊性癖な気がして来てしまう。




