5 母は何でも知っている、西浦美沙子 -2-
それに、
「お母さん。私がモテてたって初耳なんだけど」
「え? だってタカシくんとかヒロタカくんとか、今でも家に遊びに来るじゃない。普通、思春期になったら女の子とは疎遠になるでしょ。あなた女子校に行っちゃって学校も別々になったから余計に。それでも仲がいいから、もしかしたら二人のどっちかとくっつくのかなーってお母さんずっと思ってて」
アイツらか。その二人は保育園の時からの腐れ縁だ。
一見ポヨポヨして見えるうちの母だが、独身時代から市役所職員として働く職業婦人である。
今は水道局の何係だかの係長を務めているとか。この人にそんな役目が務まるのか謎だが、とにかくそういうわけで私は一歳の時から保育園に通っていた。タカシもヒロタカも、先生に一緒にオムツを替えてもらった仲である。
そしてアイツらが今も私と遊びたがるのは、別に私がモテているからではない。単にヤツらが私を女だと認識していないだけである。ちなみに高一の時に私に土下座して一発やらせろと頼み、腹パンで撃退されたのはヒロタカである。
「ないないない、あの二人はない。お互い異性だと思ってないもん」
ため息とともに私が言うと母は、
「ああ、じゃああの二人のどっちでもないのね。まあ二人ともご家族と住んでるものねえ。違うわよねえ」
とつぶやいた。
怖っ! 会話の中に私の彼氏が誰であるかを特定するための罠がさりげなく! お母さん、やっぱり怖!
「じゃあ年下?」
「何で年下と決めつけてくるの」
「何となく。それだったら面白いと思って」
娘の男女交際を面白いか面白くないかで判断しないで欲しい。
「同い年?」
「違う」
「じゃあ年上なんだ」
……あ。簡単に特定されてしまった。
これはもしかして母の探査能力が優れているのではなく、私がチョロいだけか。
「そうかあ、真帆ちゃんは年上が好きだったのね。ひとりっ子だし、やっぱり頼れる人が欲しいのかしらね」
年上ですがあまり頼れそうもない相手なのですが、その場合はどんな分析がされるのでしょうか。
「大学の先輩?」
また油断した瞬間に母の追及が来たよ。ホントに気が抜けない。
「ち、違うよ」
「あら。じゃあバイト先の人?」
「……広い意味では」
だんだん核心に近付いて来てしまっているな。
「子会社の人?」
「私のバイト先自体が子会社の子会社だから、それ以下はない」
「じゃあ出入りの業者さんとか」
「違う」
「逆に親会社の人とか」
「外部の人」
面倒くさくなって自分から話してしまった。
「社員さんが仕事を頼もうとしていた人」
「あら、偉い人?」
「うーん……」
微妙。どうなのだろう。
「不倫じゃないわよね?」
とんでもないことを聞かれて、思わず母をまじまじと見てしまった。
「お母さん。私を何だと思っているの」
そりゃ、十七年ものの引きこもり男と付き合うような娘ではありますが。
「違うなら良かった」
しかし母は明るい笑顔で一触即発の空気を華麗にスルー。
「ごめんね、気を悪くした? お母さんの若い頃って、結構不倫とか流行ったからさあ。つい聞いちゃったのよ」
「不倫って流行るようなものなの?」
「それが流行ったんだから面白いわよね。トレンディドラマとかも不倫ヒロイン多かったしさ」
どんな時代だったんだバブル世代。意味が分からないよ。そしてお母さん、それは面白がるところなのですか。
「いい人?」
「……うん」
「好き?」
「うん」
「尊敬できる?」
「……うん」
「そっか」
母は大きく伸びをする。
「真帆ちゃんも大人だもんね。お母さんがあれこれ口出すことはないわね。でも、良かったらそのうち紹介してね」
私はひきつり笑いで誤魔化した。紹介……それは最もハードルが高いイベントだ。
青柳先生の年齢とか職業とか学歴がうちの親のおめがねにかなうかとかではない。『引きこもりを巣から引きずり出すことが出来るか』というハードルがとても高いのだ。
「お父さんも心配してるわよ。今度話してあげてね」
そう言って母は洗面所の方へ向かった。母も出勤のために身支度を整えなくてはならない時間なのだろう。私は青柳先生の家を経由するとはいっても、二限の始まりまでに大学に着けばいいので余裕がある。
「あ、それから」
一度洗面所に入った母が、顔を突き出して大きな声で言った。ドキッとするなあ。今度は何だ。
「真帆ちゃん、明日からお母さんの分のお弁当も作ってよ。二人分も三人分も一緒でしょ?」
ニコッと笑う母。
一緒……でもない気もするけど、母も頑張って働いているんだものなあ。
「分かった。おかず適当でいいんなら」
「OKOK。頼むねー」
また洗面所に引っ込む母。
そのくらいは親孝行しておくか。自分の分も、お弁当作ろうかなあ。
後に父の分のお弁当も頼まれることになり、私の朝は大変忙しくなる。だが、それはこの日より未来の話。




