4 ネットミュージシャン、blue blue blue -1-
夕方、青柳先生のマンションに行く。
エントランスで部屋番号をコールして、呼び出し音が……五回……十回……出てくれないな。
もう一回トライ。……出てくれない。うーん、これは?
1 トイレ中
2 徹夜だったので今になって爆睡している
3 実は直前に氏原が来ていた
3だったら私だと分かれば入れてもらえるが、現実問題としてありそうなのは2かな。自分で『寝ろ』って言っちゃったしなあ。あの時間から寝たんなら今頃ぐっすりだよね。せっかく来たけど、無理に起こさない方がいいのかな。
そしたら携帯が鳴った。青柳先生だ。
『もしもし、あの……真帆さん、ですか? もしかして今、下にいます?』
「えっはい。いますけど」
答えは1だったか?
『開けますから、もう一度鳴らしてください。玄関は開けておきますから入って来て』
割とぶっきらぼうに言われて一方的に切れた。
あれ、何か私の知ってる青柳先生のイメージと違う。
インターフォンをもう一度押したら、無言で出られて無言で自動ドアを開けられ無言で消えられた。
や、やっぱり……昨日と全然違うよ?
あれ、裏アカにリプしたこと怒ってる? それとももしかして、これが釣った魚にエサはやらないというヤツ?
勝手に入っていいとは言われたが、付き合って二日目でそれはさすがに図々しい気がして玄関でチャイムを押す。……反応なし。
二回目も反応なし。三回目はさすがにしつこいだろうと思ってドアノブに手をかけると鍵は開いていた。
「あの……お邪魔しまーす」
ドアを開けて声をかけながら中に入ると、リビングから音楽が聞こえてきた。
私の大好きな、blue blue blue の調べ。だけど聞いたことのない曲。
もしかしてこれ……SNS で言ってた新曲?
思わず急ぎ足でリビングに向かってしまった。リビングから廊下に続くドアは開けっぱなしだった。
中をのぞくと、青柳先生がノリノリでキーボードを奏でていた。
すごい。ネットでしか曲を発表しない青柳先生の生演奏だよ!
blue blue blue の曲は全部打ち込みなんじゃないか、演奏できないからライブしないんじゃないか。そんな意地悪なことを言う人もいるけど、そんなことないよ。先生すごく上手い。感動……。
「あー違うなあ! これじゃないし!」
しかし先生は途中で演奏をやめてしまった。
「こういうんじゃないんだよ、それに転調も途中でテンポ変えるのもこの前の曲の時にネットでマンネリだって言われてたし、他のやり方考えなきゃ……」
エゴサするなや、メンタル弱いんだから。
「あ、真帆さん」
やっと気付いてもらえた。私も演奏にうっとりして挨拶してなかったけど。
「こんにちは。お邪魔してます」
頭を下げる。
「そんな他人行儀じゃなくていいです」
青柳先生は恥ずかしそうに微笑む。いや、まだかなり他人だよね。
「あの……鍵は閉めてきてもらえましたか……」
「あ、はい」
ちょっと抵抗なくはなかったけど、他人の家だし泥棒とか入って来ても困るし。
「じゃ僕……ちょっと曲作ってるので、真帆さんは好きにしててください……。音出さなければ何やっててもいいですから……」
はい?
そのまま青柳先生はまたキーボードを弾き出してしまった。
「あのう……?」
無視。
「青柳先生?」
無視。
「えーと……」
無視。
美しいメロディーはたくさん降って来るけど、私の声掛けに対する返答は一切ないよ。何だかとても悲しい気持ちになるよ。
好きにしてていいと言われても、やることないし。ヒマ。
そうだ、小夜ちゃんと SNS でおしゃべりでもしようかな。
18:18 まほ@男役スター
はろー
18:19 Midnight@作品注文承ります
どした。デートじゃないの?
18:20 まほ@男役スター
彼氏ん家なう
18:22 Midnight@作品注文承ります
いきなりノロケwww 彼氏ほっといちゃいかんよ。
18:23 まほ@男役スター
絶賛放置プレイされ中なう
18:24 Midnight@作品注文承ります
ウケるwwww
ウケられても。
藤倉がいなくなった後で、小夜ちゃんにはお付き合いを始めた人がいることを話した。
詳細については、続くか分からないので落ち着いてから……とぼかしたが、バイト先で知り合った社会人ということだけは言ってある。
……いや、この人、社会人って言っていいのかなあ。ただの引きこもりという気もしないでもないけど。お金稼いでるんだから社会人でいいのかなあ。
あと、小夜ちゃんは私が思ってたほど恋愛に無関心ではなかったらしい。今まであんまりそういう話をしなかったのは『真帆ちゃんが興味なさそうに見えたから』だそうで。友達というのは自分の鏡なのだなあ、と思ったりした。
本人曰く『自分から彼氏作ろうとは思ってないけど、ヒトのコイバナ聞くのは割と好き。特に真帆ちゃんのは積極的に聞きたい。面白そうだから』とのこと。
オモチャか何かとカン違いされている気もするが、相談にのってもらえるならありがたいかな。
しかし、私はここでいったい何をやってるんでしょ。
青柳先生は演奏しては中断し、
「ダメだ違う~。サビがラララーララララ、ララララーだから……Bメロがルルルルールルルールルールルーだと……やっぱりダメだつながらない……」
とか盛り上がっていますが、私はヒマ。
いや先生の生仮歌はとっても耳に嬉しいんだけど。曲も好きだけど、歌声が一番好きだしね。
また、そこだけは決まってるらしいサビの部分のメロディーが超絶甘くて、心臓持ってかれる感じで。そんなのを発表前に聴かせてもらっている私はすごく幸せ者だなって思うし、二十四時間前の自分だったら『尊い! ずっと聴いていたい! 気配消してますからお願いですからここにいさせて!』って間違いなく思ったはずだけど。
何でだろ。たった一日で私、贅沢になった?
彼女気取り? わがまま? かまってちゃん?
そうかもしれないけど、何だかこうやってひとりで座って先生を見てるだけなのが寂しいよ。
……演奏ストップしたな。
眉間に皺よせてるな。
指揮者みたいに片手振ってるな。
そのまま眉間に手を持って行って揉み始めた。
今度は両手で指揮みたいな動きし始めた。
そして髪の毛くしゃくしゃにし出した。
「あーっダメだあ、イメージがまとまらないっ」
見てる分にはちょっと面白いけど。
「あのう」
手を挙げて声をかける。五十分ぶりくらいに見てもらえた。
「私、いても邪魔でしょうし、今日は帰りましょう……か……」
そんな、この世の終わりみたいな顔しなくても。
「な、なんで? 僕、何かしましたか……あ、曲? もしかして曲? やっぱりダメでした? 気に食わない? 失望した? キライになった? ご、ごめんなさい……!」
メンタル弱っ。
「い、いえ、曲はすごくいいです! サビとか今までの曲の中でも一番くらいに甘いし……。正直、どうして先生が自分にダメ出し続けてらっしゃるのか私には分からないです」
あわてて全力でフォローする。だってそれはホントだもん。
「えっ本当に? あの、サビ……気に入ってくれました……?」
途端に嬉しそうになる青柳先生。感情の振れ幅大きいな。
「あの……あのですね。今回のサビはね」
頬を染めながらまた謎の動きをし始める先生。さっきと同じく指揮みたいでもあるが、雪だるまの頭の形を整えている人みたいでもある。その動きには何の意味が。
「ダメだ、うまく言えない」
今の動きでどうやって考えをまとめようとしていたのか、そっちの方が気になる。いつもこうなの?
「あ……あの……あのですね」
昨夜みたいに先生は、赤くなった顔を手で半分隠す。
「ゆ、昨夜は……真帆さんのことを考えて全然眠れなくて……」
知ってる。SNS で見た。ごめん私は眠った。
「それで、明け方になったらあのメロディーが不意に降りてきて……」
それも SNS で見た。
「あの……真帆さん喜んでくれるかなって……」
ものすごく恥ずかしそうに、くすぐったそうにそう言う。
あれ? じゃあ、青柳先生が曲を作ってるのは私のため? あの甘い甘いメロディーは私のためのもの?




