閑話:調書
「佐藤様、お入りください」と看護師は女性に声をかける。
女性は立ち上がり、病院の診察室に入る。
「お座りください」
「はい」
「ご主人の佐藤 遥翔さんの脳挫傷は落ち着き、自発呼吸ができる状態になりましたが、まだ意識は戻っていません」
「そうですか… いつ意識は戻るでしょうか?」
「わかりません。つかぬ事をお伺いいたしますが、ご主人は英語を日常で使われる仕事とか、外国で暮らされていたということはありますか?」
「いいえ、建築事務所をやっていますが、日本人のお客様がほとんどと聞いています。外国で暮らしていたことはないはずです。それが何か?」
「昨晩から何やら言葉を発しているのですが、それが英語のようなのです」
「喋るということは脳への影響は少ないということですね?」
「脳はわかっていないことが多いです。現状ですが、こちらをご覧ください。ご主人の頭部のMRIの画像です。耳上の側頭葉の腫れはかなりおさまっています」
医者は立体画像を回転させながらペンで指す。
「事故で頭蓋骨が陥没し、頭蓋骨の破片が側頭葉と頭頂葉の一部を傷つけました。右足の出血で血圧が低下したことで、同乗者の血が脳に入った部分が凝固し、その部分も脳を傷つけました」
「側頭葉はどのような働きをする部分でしょうか?」
「右側の側頭葉は音や音楽の記憶、非言語的な聴覚情報の処理、および感情や状況の認識などを担当しています」
「では、そこが傷ついたことで英語を呟いているのでしょうか?」
「現時点ではわかりません。今後は脳神経内科と協力していくことになります」
「わかりました。遥翔と面会はできるでしょうか?」
「そうですね。短時間ならいいですよ。看護師に連絡しておきます。次回の状況の説明は明日の10:00からでいいですか?」
「はい」
女性が診察室から出ると、男性と女性の警察官が待っていた。
「佐藤 紬さんですね。少しお話してよいでしょうか?」
女性はチラッと看護師を見た。
「相談室をご利用ください。終わりましたら、あの窓口にいらしてください」
「ありがとうございます」
看護師は相談室に案内して扉を閉めた。
「お座りください」
「事故のことですね…」
警察官はカバンから資料を取り出して、机の上の広げながら、話をする。
車の右側も左側も大きく破損し、横転したためか天井も横も車体が大きく凹んでいる。
「そうです。ドライブレコーダーの記録が残っていましたので、事故のご報告といくつか確認事項があります。よろしいでしょうか?」
「はい…」
「事故ですが、カーブをはみ出した対向車との接触による横転となります。横転の際、家屋と接触しました。対向車の前方不注意による事故です。ご主人に過失はありません」
「はい…」
「同乗されていた長谷川健一さんと長谷川優香さんですが、長谷川優香さんは右足の骨折と打撲ですが、長谷川健一さんは亡くなりました。長谷川さんとご主人とはどのような関係でしょうか?」
「長谷川さんは建築の依頼してくださったお客様です」
「どういった用件で同乗されていたのかご存知ですか?」
「建築する土地を見に行くと言って出かけました」
「長谷川優香さんの証言と一致します。ご協力ありがとうございました。こちらは交通事故相談所の案内になります」
「ありがとうございます」というと、警察官は立ち上がって一礼して部屋を出た。
紬は次々と起こる出来事に目眩を感じながら、窓口に向かうと、先ほどの看護師さんに「ご主人のところに案内しましょうか? それとも少し休みますか? 少し疲れているようですよ」と言う。
「大丈夫です。主人のところに案内をお願いします」
「わかりました」
看護師は紬を案内して、病室の前で止まる。
「手の消毒をお願いします」
「わかりました」
消毒を確認すると、看護師は病室を開けて中に入る。
そこには、心拍数を測る機器を付け、そこらじゅうを包帯を巻かれていたが、顔は確認できた。
「左手は比較的打撲も少ないですので、左手ならそっと触っても問題ないですよ」
「ありがとうございます」
紬は左手をそっと握って「目を覚まして」と言うと、ボソボソと何か言っている。紬と看護師は遥翔の口元を注意して、聞く。
「『…喰えん、ギブ…』ですか?」
「そうみたいですね… 寝言? お医者さんは英語と言っていましたけど…」
「佐藤さんは日頃から寝言を言うのですか?」
「…言わないと思います」




