閑話:長谷川さんの癒えない傷
「糸井先生、待ってください!」
「佐藤さん、ここは病院です。お静かに」
「す、すみません」
「会議室で話をしましょう」
私は翔を受け取ろうとすると、長谷川さんが「お話の間、私が翔君を見ていますよ」と言うので、私は長谷川さんに翔を預けた。
会議室では、里田先生が居た。
「糸井先生、佐藤さんは翔君のことは認識できたようですけど、記憶を取り戻したのでしょうか?」
「佐藤さんは奥さんを認識できなかったようなので、まだわかりません」
いつ、会話が途切れるのか待っていたが、話しかけるチャンスだ。
「主人は記憶を取り戻していると思います」
「翔君と呼びかけたからでしょ? 私もそう思います」と里田先生が言う。
「それもありますけど、私を認識しました」
「え? でも、『紬さん。ごめん』と言っただけですよね? 『さん』付けですよ。思い出したとは言えないと思います」
「違うんです! 遥翔の癖なのです。謝る時だけ、『さん』付けなのです。で、あの口調。 私にはわかるんです!」
「そう言われても…」
「里田先生、再生していただけますか?」
「わかりました」
里田先生は、PCを捜査して会議室のディスプレイに病室の映像を流し始めた。
「再生します。…佐藤さんは最初から翔君に注目していますね」
再生は進み、長谷川さんと目を合わせる。
「長谷川さんは記憶しているようですけど、96年当時とは違うので、戸惑っているように見えますね」
さらに再生は進み、糸井先生は私を示すが、遥翔は翔を見る。
「明らかに翔君に注目していますね。子供好きの男性はいますけど、ここまで反応するのは珍しいと思います。明らかに何か思い出したように見えますね」
再生が進み、私が翔が使っているぬいぐるみを遥翔に投げつける…
他の人がいるのに、ちょっと大人気ない… 客観的に見ると恥ずかしい。
遥翔は私を下から見て、『えっと、紬さん。ごめん』は遥翔が私に謝る時に出る言葉にしか見えない。
でも、これは遥翔が私にしか見せない姿だから、説明しても伝わらない。
「ここからは、皆さんが病室を出た後です」
遥翔は私たちが出て行った廊下の方を見ていたかと思うと、なにやらブツブツ言っている。
何言っているの?
「佐藤さんは何か呟いているようですが、わからないですね。その後も言葉は発していません」
里田先生は私が考え込んでいるのを、私が落ち込んでいると勘違いしたのか、「翔君は認識できました。佐藤さんのことをすぐに思い出すようになります」と励ます。
「写真を見せた時も子供の写真に注目する傾向がありました。今回も翔君を認識できましたので、改善していると思います。急がせることは良くありません。翔君に合わせることを繰り返せば、改善は速いと思います」
やっぱり、わかってもらえないんだ…
「…はい」
会議は終了となったので、私は廊下に出ると、廊下に座っている長谷川さんと翔を見つけた…
長谷川さんは翔を見る目が、懐かしそうにも見えるし、悲しそうにも見える。
翔君のことを思い出しているのかな。
私は長谷川さんにかける言葉がなく、しずかに長谷川さんの隣に座る。
「会議は終わりました? …どうしたのですか? 何か良くないことでも言われましたか? 大丈夫ですよ。きっと、記憶を取り戻します」
「え? あ、ありがとうございます」
私は長谷川さんのことを考えていたが、口にできない。
私は翔を受け取り、「預かっていただき、ありがとうございます」と言う。
「こちらこそ、ありがとうございます。翔君は可愛いわ」
その後、しばらく長谷川さんと翔君の話をした。




