閑話:虚偽記憶症候群?
「おはようございます」
「おはようございます。佐藤さんの現状についてご説明します」
「はい」
「佐藤さんは虚偽記憶症候群と考えられます」
「虚偽記憶症候群? それはどういうものでしょうか?」
「記憶と実際の出来事の間にずれが発生しています」
糸井先生はひと呼吸あける。
「これから言う内容は、状況からの想定で、医学的な根拠はありません」
「はい…」
「…長谷川さんは26歳の時に翔君を自動車事故で亡くしています。佐藤さんも26歳で翔君がいる状態で事故にあいました。佐藤さんは事故のショックで長谷川さんが翔君を亡くした心的外傷に共感しやすい状況であったと考えられます」
「はい。だから、寝言で言っていたのですよね? でも、今は寝言は言っていないのでは?」
「現在、寝言は言っていませんが、昏睡状態の時の状態が継続している可能性があると考えています。その確認のため、佐藤さんと長谷川さんにお借りした写真をランダムで見せた場合の反応をチェックしました」
糸井先生はPCを操作して画面を表示する。
「左側がタブレットのカメラの映像で、右側がその時のタブレットに表示されている内容です」
記録が再生される。
翔には反応したのに、私は昨日来た人で覚えていないのね…
「96年の長谷川さんに関係するものに大きく反応を示す傾向があります」
「そうですね…」
私は96年というのが引っかかった。
96年はスマホどころか、ガラケーもなかったのよね?
「あのう。初めをもう一度見せていただけますか?」
私は遥翔がタブレットを操作するところを見る。
「糸井先生、タブレットって96年にはないですよね? スワイプしていませんか?」
「…していますね。96年と記録が少し混濁しただけで、記憶喪失かもしれませんね。でも、私が画面をタッチ操作しているのを見て、類推した? 区別が必要だが、どうやって、区別する?…」
糸井先生って、考えが口に出るタイプなんだ…
「じゃ、長谷川さんの記録に出てきた技術のことを遥翔が反応するかで分かるのではないですか?」
「長谷川さんの記録に出てきた技術ですか… 私が知らないものばかりだったので、正しい反応か判別できないですね。96年当時の技術に詳しい人を探してみます」
詳しい人? そりゃ奥さんでしょ。MacのノートPCを使っていたし…
「長谷川さんの奥様はご存知では? 詳しそうでしたよ」
「そうですね… 電話して確認してみます」
糸井先生はデスクの電話をマイクにして長谷川さんに電話した。
「もしもし、聖心医科大の糸井です。長谷川さんでしょうか?」
「はい。いつもお世話になっております」
糸井先生は長谷川さんに遥翔の状況を説明した。
「そうですねぇ。当時のデバイスを渡して操作できるかを確かめるのが早いと思います」
「当時のデバイスはありますか?」
「30年も前ですよ。長谷川が使っていたPalm-Pilotは壊れて捨てました。もう手に入らないと思います」
「では、無理ですか…」
「MacOSならブラウザでエミュレータが動きますよ。SolarisならVirtualBoxでたぶん動きます。でも、コマンド系はLinuxに似ていますね。これじゃ96年当時の技術を知っているかはわからないですね」
Solaris? 長谷川さんの記録にでてきたような気がする。
私は長谷川さんが何を言っているのかさっぱりだ。
「佐藤さんはコンピュータに詳しいですか?」と糸井先生が私に向かって言う。
「主人は、私よりコンピュータには詳しいですが、それほど差はないと思います」
「長谷川さん、申し訳ないのですが、そのSolaris?というものの用意をお願いできないでしょうか?」
「当時のハードは手に入らないので、私のノートPCで動作させることになりますが、よろしいですか?」
「お願いします。どのくらいで用意できますか?」
「ダウンロードして動かすだけだから、すぐですよ」
「できるだけ早く検証をしたいのですが、ご都合が良い日はいつでしょうか?」
「明日の午後なら問題ないです」
「よろしくお願いします。明日の午後、私の診察室に来てください」
「わかりました」




