閑話:一般病棟へ
翔がまだまだ手がかかるので、落ち込む時間はない。
私がご飯を作っていると、病院から明日朝、問題がなければ集中治療室から出せるという連絡があった。
私は翔を母に預けて、お義母様と一緒に病院に向かい、ナースステーションで遥翔の病室を聞く。
病室をノックして開けると、何やら見慣れない機器をつけている遥翔が寝ていた。
遥翔の隣には糸井先生がタブレットから目を離してこちらを見た。
「おはようございます」
「おはようございます。主人はどうでしょうか?」
「脳の腫れはかなりおさまったようです」
「よかったです。寝言を言わなくなり、主人は目覚めるでしょうか?」
「まだ、寝言は継続しています」
「え? 脳が圧迫されていることが寝言の原因ではなかったのですか?」
「まだ脳が腫れていますので、それが原因かもしれませんが、別の懸念もあります」
「別の懸念ですか?」
「摘出した凝固した血液を調べた結果、RNAが多数検出されました」
「RNA? RNAワクチンとかのRNA?」
「RNAワクチンはmRNAを利用したワクチンです。RNAはRibonucleic Acid、リボ核酸で4種ありますが、mRNAはその1種です」
「そうですか…」
難しいということはわかった。
「同一の人物から検出できるRNAより種類が多いことから、佐藤さんのものではないものが含まれていると考えています」
「主人のものではない… それって…」
「可能性として考えられるのは長谷川さんのRNAが検出されたと考えられます。しかし、長谷川さんの血液は保存されていませんし、事故前の佐藤さんの血液も保存されていませんので、断定はできません」
「凝固した血液にRNAが含まれているということは、異物を排除したということでしょうか?」
「いいえ、脳出血での凝固だと考えられます。佐藤さんの血液からも佐藤さんのものではないRNAが検出されましたが、凝固していません」
「…そのRNAは主人にどういう影響を与えるのでしょうか?」
「わかりません」
「わからないって…」
「人体はまだまだわからないことが多いのです」
「そうですか…」
あっ、寝言! 寝言って記録の続き?
「すみません、寝言って何を言ったのでしょうか?」
「『防火壁』とか『熱い』とかです」
「防火壁? 糸井先生、防火壁は長谷川さんの記録にあるのでしょうか?」
「いいえ、ありません」
「では、翔君の事故時の記憶を見ることはないのですね」
「それは、今後の経過を見なければわかりません」
「そ、そうですね」
「佐藤さんは火災にあった経験はありますか?」
私はお義母様を見た。
「防火壁に関係するような経験はないと思います。ボヤぐらいですね」
「ボヤ?」
「遥翔が2歳の時、いつも手にタオルを持つ癖があって、そのタオルに電気ヒーターが触れて燃えたのです」
「大丈夫だったのですか?」
「すぐにタオルを離して、私を呼んだので問題なかったです。それが怖かったのかタオルを持つ癖はなくなりました。これは関係ないですね…」
確かに関係ないね。
遥翔がスヌーピーのライナス君にならないでよかった…
でも、それもちょっと可愛いかも…




