閑話:事故
長谷川さんは目を伏せる。
「わかりました… 健一との私の間に翔という子供がいました」
翔君が亡くなった話は何年経っても辛いよね…
その気持ちを考えると気が重い。
「健一がアメリカに赴任しているので、翔の子育てを私がすべてすることになり、私はかなり疲弊していました」
長谷川さんの記録では優佳さんが泣き言一つ書いていない…
心配かけないように、していたのね。
「私は母に助けを求めました。そのおかげで精神的な余裕ができました。健一が赴任して1年経った時です。母と翔が散歩に出かけているときに、車が突っ込んできたそうです。その日から健一の記録は止まりました」
私にも翔がいるから、失う恐ろしさがわかる。
長谷川さんにかける言葉はない…
「もう、20年以上も前の話です」
年数で割り切れる話はではないと思う。
「私と健一の間で翔の話をすることはなくなりました。でも、佐藤さんのところに翔と同じ漢字の翔君がいることで、久しぶりに健一と翔の話ができるようになりました。私たちは翔君と出会えたことを感謝していたのです」
悲しみが深すぎるから、20年以上も夫婦の間でも話すこともできなかったのね。
「健一は佐藤さんとの打ち合わせを非常に楽しみにしていました。だから、翔が生まれてからの話をしているかと思ったのですが、違ったのですね」
私は長谷川さんにかける言葉がない…
「長谷川さん、旦那様は翔君が亡くなった報告を受けたときはどうだったのでしょうか?」
「糸井先生!」
私は思わず、糸井先生の話を止めた。
「佐藤さん、これは遥翔さんの今後に関わる可能性がある話です」
「遥翔の?」
「そうです。理由はわかりませんが、遥翔さんは長谷川健一さんの記録を再現したような寝言を言っています。順序も非常に正確です」
「はい…」
「遥翔さんは鼻血を出しました。暑さや寒さを感じたような変化もあります」
ということは…
「もしかして…」
「そうです。遥翔さんは翔君の事故を聞いた状態の衝撃を体験するかもしれません」
私は翔が亡くなったことを聞かされると考えると、恐ろしい…
「糸井先生、健一に知らせたのは私の父で、私は詳しく知らないのです。その時私はこの状況を受け止められない状態で何も考えらませんでした。事故で遺体の損傷が激しかったため、私の父と健一さんのご両親が相談した結果、遥翔の帰りを待たずにお葬式をしたそうです」
「そうですか… お父様にその時のことをお伺いすることはできますか?」
「父は他界しています」
「健一さんのご両親は?」
「連絡が取れますが、老人ホームにいます。義両親とも健一の葬儀に出席できないぐらい記憶が…」
「では、わかりませんね」
「はい」




