閑話:鼻血の原因
「すみません。忙しくて読めていません」
「お子さんがいると大変ですよね」
「いえ、佐藤建築事務所に来ていた仕事を別の会社にお願いしたりする仕事があるのです」
「そうですか…」
「では、もう少し落ち着いてからの方がよろしいですね」
「いえ、気になります。何でしょうか?」
「わかりました。手短にします。これは長谷川さんからいただいたテキストです」
糸井先生はタブレットを私に手渡す。
テキストにはハイライトが設定されている。
「飛行機で鼻血ですか… ここに書いているように気圧の都合で出るのではないですか?これと遥翔の症状とどう関係があるのでしょうか?」
「私も最初は関係がないと思ったのです… 寝言を時系列順に見るとテキストの内容は相関があります」
「遥翔はテキストを思い返しているから鼻血が出たということですか?」
「その可能性が考えられます」
「物語を読んで感情移入しても、主人公が鼻血を出したからって鼻血はでないですよね?」
「脳内で見たものが現実か現実でないかの区別をつけることができない場合があります」
「妙にリアルな夢ということですか?」
「本人にとっては現実と同じ場合があります。その場合は鼻血が出ても不思議ではありません」
「じゃ、遥翔は長谷川さんのテキストの内容の世界にいて、それを現実と思っているということですか?」
「可能性ですが…」
「テキストの世界ということは、テキストを最後まで脳内で再生できたら、目覚めるのでしょうか?」
「それはわかりません。いただいたテキストは途中までのようです」
「途中?」
「はい。アメリカに赴任した時の記録のようですが、帰任するまでは書かれていないのです」
「長谷川さんが続きを持っているのでしょうか?」
「そうかもしれませんが、長谷川さんが佐藤さんにどこまで話したのかはわかりません」
「あ! 忘れていました」
「何でしょうか?」
「私たちの建築事務所は顧客との折衝はすべて記録するようにしているのです。提案時の顧客の表情の変化を見返すためと言っていました。もちろん許可を得ていますよ」
「長谷川さんとの会話も記録されているということですね」
「おそらく。事務所以外の会話は記録されていませんが、立ち話程度でしょう」
「車などで移動しているのではないですか?」
「長谷川さんとの車での移動は事故の時が初めてのはずです」
「佐藤さんは詳しいですね」
「私も事務所で働いています。なんせ小さな個人事務所で手が足りませんから…」
「では、お戻りにならないと見れないですね」
「いえ、クラウドに保存されているので、私のiPhoneで見れます」
「確認していただきたいのですが、時間がかかりますよね? 後日に…」
「いえ、すぐにわかります。AIの文字起こしもしていますので、今回の特徴的な単語を検索すればいいだけです」
「地名などの固有名詞が多いですから、揺らぎがあるので取りこぼしがあるのでは?」
「揺らぎを含めた検索もできるので、おそらく問題ないです。どんな単語を調べればいいですか?」
「ではこれをお願いします」
糸井先生はリストを示した。
「『サン』はありません。『ジャバ』もありません。『アパートメント、ダスト、ショウ』はあります。『サニーベイル』はありません。『しばはま』はありますが…」
「どうしました?」
検索でヒットすると、検索文字が含まれる1行すべてリストとして表示される。
「見てください。文章の前後から考えるとテキストとは関係がない可能性が高いと思います」
「この文字起こししたテキストをいただけますか?」
「長谷川さんに無断でお渡しすることはできません」
「確認していただけますか?」
「わかりました」




