閑話:寝言の解析
私は病室のドアをノックして回答を待たずに扉を開ける。
『糸井先生』と声をかけようとしたが、糸井先生が人差し指を口に当て私に向かって歩いてきて、私を廊下に押し出し、扉を閉めた。
そして、小声で「ついてきてください」と言う。
糸井先生は診察室に入り、席を薦めてくれる。
「急にすみません。佐藤さんが喋る頻度が徐々に増えています。その喋る内容をAIで解析させていたのです」
「喋る頻度が増えたことは良い兆候ですよね?」
「それはわかりません」
「そうですか…」
「これを見ていただけますか?」と糸井先生はタブレットを渡してくる。
タブレットには文章?が並んでいる。
「誰かと会話しているようですね」
「はい。AIで復元しているので誤っている可能性は否定できません」
「そうですか…」
「何か気になりますか?」
「出てくる単語が知らないものが多いです」
「そうなのです。以前に存在していた会社の名前などが出てきます。例えば、Sun社というのはSun Microsystemsという会社の可能性が高いですが、2009年にOracle社に買収されています。そして、SHIBAHAMAアメリカは芝生の芝と浜辺の浜の芝浜の可能性が高いです。こちらは2005年にアメリカから撤退して今は存在しません」
「はい…」
「AIにこのテキストの時代を推定させたのですが…」
「2005年以前ということですね」
「もう少し前の90年代の後半でした」
「90年代って生まれていませんよ」
「佐藤さんのご家族、または親戚で90年代にカリフォルニアにいた方がいないでしょうか?」
「親戚まではわかりませんので、お義母様に聞いてみます。主人はどうして生まれてもいない時代の話をしているのですか?」
「脳の一部が刺激を受け、以前に聞いた内容を話しているのかもしれません」
一瞬、長谷川さん夫妻の顔が頭に浮かんだ。
「…」
「どうかしましたか?」
「主人は建築をデザインする際に、クライアントが家を建てる理由などを詳しく聞いて設計をしていました」
「それが?」
「主人は長谷川さんを心配していて、長谷川さんから聞いた内容を寝言で言っていたのではないでしょうか?」
「なるほど。可能性はありますね。長谷川さんにこのテキストを見ていただいた方が良いかもしれません。こちらから、長谷川さんに連絡してよろしいでしょうか?」
「はい」
糸井先生は診察室のPCを操作して長谷川さんの電話番号を見つけ、携帯で電話した。
「もしもし、私、聖心医科大の糸井と申します。長谷川様の携帯でしょうか?」
「…」
「はい。そうです」
「…」
「204診察室でお待ちしております」
「…」
「よろしくお願いします」
え? 用件を言っていないようだけど…
相手の言っている内容がわからないと、あのテキストと同じく半分だから会話がわからないわね。
糸井先生は電話を切った。
「私に会いにこちらに向かっているところだそうです」
「長谷川さんの治療ですよね? 私は席を外しますね」
私は立ちあがろうとすると、「長谷川さんは私の患者ではないですよ」と糸井先生が言う。
「え? では、長谷川さんはどうして糸井先生に会いに来るのですか?」
「私と佐藤さんに見せたいものがあるそうです。詳細はその時に話すそうです」
「そうですか…」




