閑話:遥翔のiPhone
眠っている遥翔の顔を絞ったタオルで拭いていると、ノック音が聞こえた。
「はい」というと、ドアを開けてお義母様が入ってきた。
「紬さん、おはよう」
「おはようございます」
「iPhoneを買ってきたわよ。色が綺麗だったからミストブルーにしたわ」
「ありがとうございます」
「セットアップは任せていいかしら?」
「はい」
紬は自分のiPhoneを取り出しテザリングをONにする。
手早く新しいiPhoneを取り出し、起動する。
一応、壊れたiPhoneを近くに置いて、自動転送できるか確かめる。
「あっ。認識したみたいです」
「じゃ、リカバリできるのね」
「はい。遥翔はTouchIDだから、指で開きます… 開きました…」
「どうしたの? 確認しないの? 大丈夫よ。たぶん」
「たぶん…」
「女は度胸よ」
「そうですね」
iPhoneを操作して、SNSやクラウドに保存されている画像などを確認する。
それをお義母様が見守っているのがわかる。
私は一通り確認して、iPhoneを置く。
「どうだった?」
「特に変わったところはないです。裕香さんとは1月前に連絡が来ているようですが…」
遥翔は裕香さんと連絡を取っているのね。
内容から見ると、怪しくはないんだけど…
「どんな内容?」
「1ヶ月前に鈴屋の厄除饅頭をフランスに泊まっているホテルに送れとメッセージが来ています」と言いながら、お義母様にiPhoneを渡す。
「あら、すごいわね。さすが女王様。それにしても厄除饅頭というのは渋いわね。遥翔は『ネットで買え』と口答えできるようになっているのは成長したわねぇ。あっ。他にも餅も送れと言っているわね。外国にはないのかしら…」
お義母様はiPhoneを操作しながら言う。
私は遥翔の頬を軽く捻った。
「心配する間柄じゃないわ」
「そうですね」
ドアをノックする音が聞こえ、私が答える間もなく女医と看護師が入ってきた。
「おはようございます。先生」
「おはようございます。こちらは?」
「遥翔の母です」
「脳神経精神科の糸井です。佐藤さんの担当医です。佐藤さんのiPhoneが復旧できたのですね?」
「はい」
「どうしてご存知なのですか?」
「佐藤さんの治療のため、佐藤さんが発する言葉を記録するために録音機が置いてあります」
「そうなのですね」
「奥様、iPhoneを見せていただくことは可能でしょうか?」
「…はい」
糸井先生にiPhoneを渡すと、糸井先生はしばらくiPhoneを操作した。
「お母様、佐藤さんはアメリカへの渡航履歴はありますか?」
「アメリカですか… たしかケベック?には行ったことがあると思います。写真を見せてもらいました」
「ケベックですか? どんな写真でした?」
「お城?に大砲があって、堰?水門で区切られた水路を船が移動してたかしら…」
糸井先生はiPhoneを操作して「これじゃないですか?」と画像を見せた。
「そうそう。これです」
「カナダですね。奥様、他にも写真がありますが、場所を特定したいのでAIにかけていいですか?」
「え? はい」
「ありがとうございます」
看護師がタブレットを操作し、糸井先生と話をしながら、操作している。
お義母様と私は話をする雰囲気ではなかったので、黙って待つ。
「終わりました。海外はカナダ、フランス、ドイツ、イタリア、ギリシャでした」
「遥翔は古城とかが好きだからねぇ」
確かに、新婚旅行もイタリア、ギリシャだったし…
「カリフォルニアがないですね…」
「そうなんです」
「カリフォルニアがどうかしたのですか?」
「佐藤さんは意識が戻っていませんが、たまに喋ります。その単語にはカリフォルニア州のサンフランシスコ周辺の地名が出てきますが、佐藤さんとカリフォルニアとの関係はなさそうです。佐藤さんは建築関係のお仕事ですよね?」
「そうです」
「建築はコンピュータに詳しいですか?」
「構造計算がありますので、使います」
「では、プログラミングは?」
「少しはすると思います」
「そうですか。わかりました」と糸井先生はiPhoneを返してくれた。




