閑話:寝言
紬が病室をノックして、返事を待たずに入る。
紬は病室の患者が答えないことを知っているからだ。
紬は寝ている遥翔の傍にある椅子に座り、手に触れ「遥翔、早く起きて…」と呟く。
すると、遥翔が何やら寝言を言い始めた。
「…○!※□◇#△!ゆう○!※□…」
「ゆう? 何と言ったの? あっ。寝言に話しかけるのはよくないのだっけ?」
その後も、何やら遥翔は寝言を続けているが、よく聞き取れない。
「以前、看護師さんが遥翔の寝言で聞き取れた単語を記録していると言っていたけど、この調子であれだけの単語を聞き取れたってことは大変な作業をしてくださっていたのね」
ドアのノックが聞こえたので、紬は「はい」と答える。
「失礼します」と看護師と女医が入ってきた。
「私は脳神経精神科の糸井です」
「私は佐藤遥翔の妻の紬です」
「ご主人の担当となりました。奥様が病室で話している声が聞こえましたので、参りました」
紬は看護師が遥翔の寝言を録音していると言っていたことを思い出した。
「よろしくお願いいたします」
「いくつか質問してよろしいでしょうか?」
「はい」
「ご主人は仕事、私生活で何かトラブルがありましたでしょうか?」
紬はトラブルという単語で少し身構えた。
「トラブル?」
「あっ。大きく考えないでください。状況を確認する必要があるためなので、気になったことがあれば言って欲しいというだけです」
「そうですね… 仕事は佐藤建築事務所を立ち上げたばかりなので、私には言わないですが、苦労していると思います。事務所設立しようと動き始めた1年ほど前から、うなされていることがありましたので…」
「なるほど。私生活についてはどうですか?」
「長男の翔が生まれて、問題はないと思います」
「翔君はおいくつですか?」
「1歳です」
「翔君は?」
「今は母が面倒を見てくれています」
「では、もう少し質問の時間をいただいてよろしいでしょうか?」
「はい」
「佐藤さんはアメリカのカリフォルニアで生活されていたとか、親戚の方や友人が住まわれていたとか、カリフォルニアに関係がありますか?」
「建築の勉強で海外には行ったことはありますが、カリフォルニアに行ったということは聞いたことがありません。主人の親戚を全て知っているわけではありませんが、カリフォルニアで生活されていた方は知りません。友人はわかりません」
「わかりました。寝言をAIで解析しました」
糸井はタブレットを紬に見せた。
「これは共起ネットワークというものです。ご主人の寝言で一緒に出てくる単語同士を繋げたものです。大きな丸の単語ほどよく出てくる単語になります。ピンチ、スワイプできます」
「真ん中に『しょう』と『ゆう』と『ゆうか』がありますね…」
「はい。聞き取れない単語も多くありますので、単語の一部が取り出されている可能性はありますが、頻出単語であることに変わりはありません。この単語を見て何か気づくことはありますか?」
「気づくことですか… 『しょう』と聞いて思い出すのは、主人が長男の名前を決める時に飛翔の翔に決めたのですが、読み方を『しょう』と『かける』のどちらにするか最後までもめたことぐらいです」
「そうですか。では、『ゆう』と『ゆうか』についてはいかがですか?」
「名前でしょうか?」
「名前かどうかわかりませんが、名前と考えた場合、ご主人の親戚やご友人に関係はありそうですか?」
紬は少し目を伏せ、「私は思いつきません」と言った。




