凛と一緒3
買い物を終え、すっかり外は暗くなっていた。
いつのまにか、凛はしずくと葵にすっかり懐き、両手を手繋ぎしてもらって歩いている。
「結城さん、すっかり遅くなっちゃいましたね。私たちも手伝ったんだし、夕飯、ご馳走してくれませんか?」
葵が小悪魔的な笑みを浮かべて提案してきた。
「まあ、助けてもらったしな。どこ行きたい?」
「近くに美味しいファミレスがあるんです! 凛ちゃんも、ファミレスなら色々食べられますし!」
(ファミレスか。まあ、高級フレンチとか寿司屋に比べれば安いもんだ。俺の財布もなんとか持つだろう)
俺は「いいぞ」と気前よく頷き、四人でファミリーレストランへと向かった。
……俺は、この時の自分の甘さを、後で血の涙を流して後悔することになる。
◆
ファミレスの広めのボックス席。
メニュー表を開いた瞬間、凛の赤い瞳がカッ! と尋常ではない光を放った。
「おじさん! なにこれ! 本の中に、美味しそうなお肉とかがいっぱいある! これ、全部たべられるの!?」
「ああ、そこから好きなのを選んで注文するんだよ。なんでも好きなもの頼みな」
俺が微笑ましく見守っていると、凛はメニューの『ハンバーグ&ステーキ』のページをバァン! と開き、店員を呼ぶボタンを勢いよく押した。
「ピンポーン! おねえさん、これ、ぜんぶ!」
「……え?」
注文を取りに来たウェイトレスが、フリーズする。
「このページに載ってるやつ、上の端っこから下の端っこまで、ぜんぶ一つずつちょうだい!」
「ちょっと凛ちゃん!? 冗談でしょ!?」
しずくが慌てて止めるが、俺はスッと手を挙げて制止した。
「すいません、その子の言う通りでお願いします。あ、ライスは全部『特盛』で」
「か、かしこまりました……」
ウェイトレスは引き攣った顔で厨房へと消えていった。
「ゆ、結城さん! あんなに頼んでどうするんですか! 食べ切れるわけないですよ!」
「いや、しずく……こいつの胃袋、マジで底なしなんだよ……」
俺は遠い目をしながら、お冷を一口飲んだ。
やがて、テーブルに乗り切らないほどの鉄板料理(ハンバーグ、ステーキ、チキンソテー、カットステーキなど計8品)と、山盛りのライスが運ばれてきた。
ジュージューと音を立てる肉とソースの匂い。
「いただきますっ!!」
そこからは、まさに『暴食の蹂躙』だった。
凛はフォークとナイフを器用に使いこなし(※俺の眼にはスローモーションに見えるほどの残像を伴って)、次々と鉄板の上の肉を胃袋へと消し去っていく。
飲み込むようなスピード。まるで工業用のベルトコンベアだ。
「えっ……嘘でしょ……?」
「あんな熱々のステーキを、噛まずに……?」
しずくと葵は、自分たちが頼んだパスタの手を止め、完全に口をぽかんと開けてその光景を見入っていた。
約10分後。
テーブルの上には、ソース一滴残っていないピカピカの鉄板が8枚、積み上げられた。
「ぷはぁっ! 美味しかった! ……次!」
凛はバサッ! とメニューをめくり、『和食・麺類』のページを開いた。
「ピンポーン! おねえさん、ここからここまで、ぜんぶ!」
「…………」
俺の額から、嫌な汗がツーッと流れ落ちた。
ラーメン、うどん、カツ丼、天ぷら御膳。
運ばれてきたそれらも、凛は某掃除機級の吸引力で5分で平らげた。
「次! 『ピザ・パスタ』のページ!」
「…………」
ピザ4枚、パスタ5皿。瞬殺。
「……あの、結城さん。凛ちゃん、お腹ポッコリどころか、全然太ってないんですけど、食べた物どこにいってるんですか……?」
葵が恐怖に顔を引き攣らせて聞いてくる。
「……よ、四次元ポケットかなんかじゃねえの」
俺は、震える手で伝票の束を見つめていた。
次々と追加されていくレシート。
その長さは、すでにマフラーのようにテーブルから床へと垂れ下がっている。
「おじさん、まだお腹いっぱいじゃない! 次は……なにこれ!!」
凛がメニューの最後のページを開き、ガタッ! と席を立ち上がった。
そこにあったのは、『デザート』のページ。
色とりどりのパフェ、パンケーキ、アイスクリームが載っている。
「こおりの上に、果物がいっぱい乗ってる……! おじさん、これなに!?」
「パ、パフェだな。冷たくて甘いやつだ」
「ピンポーン!! おねえさん、これ、ぜんぶ!! ぜんぶ!!」
運ばれてきた『特大ストロベリーパフェ』を一口食べた瞬間、凛の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「冷たいっ! あまいっ! 美味しいぃぃぃっ!! ファミレス、すごい! 人間、すごい!!」
ダンジョンの絶対捕食者は、生クリームとアイスの魔力に完全に屈服していた。
彼女はパフェを4つ、パンケーキを3皿、抹茶アイスを2つ平らげ、ようやく「げっぷぅ……。もう、はいらない……」とお腹をさすってソファに沈み込んだのだった。
◆
お会計のレジ。
「お、お会計……合計で、8万5千円になります……」
店長らしき男性が、震える声で読み上げた金額。
ファミレスで、8万5千円。
パーティーでも開いたのかという金額だが、その9割は凛一人の胃袋に消えている。
「あ、あの! 私たちも出しますよ結城さん! さすがにこれは……!」
しずくと葵が慌てて財布を取り出そうとする。
「いや……」
俺は、血の涙を堪えながら、スッと手で二人を制した。
「いいんだ。今日は俺が誘ったし、服選びも手伝ってもらったからな。……ここは男(保護者)として、ビシッと払わせてもらうよ」
俺は震える手で財布を開き、ギルドからの前借りが入る前の、俺のなけなしの全財産から万札を9枚抜き出して、レジのトレイに置いた。
俺の財布の中身は致命傷を負った。
「……結城さん、かっこいいですけど……背中、泣いてますよ」
「見ないでくれ、葵ちゃん……」
ファミレスの自動ドアを出た時、新宿の夜風が、空っぽの財布を通して俺の心に身に染みた。
(トラ子……これ、毎日ファミレスは無理だ。どっかの『焼肉食べ放題』とか連れて行った方が安上がりなんじゃないか?)
『マスター。凛さんの捕食スピードと量を「食べ放題」の店で発揮すれば、間違いなく店の食材在庫が尽き、即座に出禁になります。
新宿中の飲食店からブラックリスト入りする未来しか見えません』
(……だよなぁ)
「おじさん、お肉もパフェも美味しかった! あしたも行こうね!」
無邪気に俺の手を引く凛の笑顔を見下ろしながら。
俺は、本格的に「Cランク冒険者として、高額なクエストを死に物狂いで受けて稼ぎまくる」という決意を固めざるを得なかったのである。




