凛と一緒1
翌朝。
万年床で目を覚ました俺は、ちゃぶ台の上に積み上げられた『空の弁当ガラ10個』と『スナック菓子の空袋の山』を見て、改めて絶望的な現実を突きつけられていた。
「これ……マジで破産するぞ……」
昨晩コンビニで買ってきた数日分の食料は、凛の胃袋という名のブラックホールに跡形もなく吸い込まれた。
このペースで食事を与え続ければ、俺のなけなしの貯金(約27万円)など、一週間も持たずに消し飛んでしまう。
「おじさん、おはよー! お腹空いた!」
「お、おう……おはよう。ちょっと待ってろ、今からギルドに行って、お前の『ご飯代』をもらってくるから」
俺が新品の紺色ジャージに着替えていると、凛もダボダボのパーカー姿でちょこんと俺の後ろをついてきた。
凛を家に一人で置いていくのは危険すぎる事に気がついた。
万が一腹を空かせて暴れ出しでもしたら、アパートごと隣人の山田くんが捕食されてしまうからだ。
『マスター。凛さんをギルドに連れて行くなら、一つ問題があります』
脳内でトラ子が警告を発した。
『彼女が自然に垂れ流している「魔物の威圧オーラ」、昨日もギルドのロビーを凍りつかせていました。
そのまま街を歩けば、今日は間違いなく大騒ぎになります』
(あー、確かに。威圧感が出っ放しなんだよな……どうしたもんか)
俺はダメ元で、キャスケット帽を深く被った凛に声をかけてみた。
「なぁ凛。お前の体から出てる、その……『怖い感じの空気』みたいなのって、自分で引っ込めたりできないか? 街の人たちがビックリしちゃうんだよ」
「こわい空気? ……んー。こう?」
シュンッ。
凛が小首を傾げた瞬間、先ほどまで部屋に充満していたビリビリとしたプレッシャーが、まるでスイッチを切ったかのように完全に消失した。
「……え?」
「できた?」
「お、おう。できてる。すげえな、そんなあっさりオンオフできるのか……」
俺は拍子抜けした。
これなら、ただの「ちょっと髪が白くて帽子を深く被った女の子」にしか見えない。
準備が整ったところで、俺たちは急いでアパートを出発し、冒険者ギルド新宿本部へと向かった。
◆
冒険者ギルドの1階ロビー。
威圧オーラを消しているおかげで、今日は他の冒険者たちから警戒の視線を向けられることはなかった。
俺は受付カウンターに直行し、書類整理をしていた雨宮さんを捕まえた。
「雨宮さん! おはようございます! 緊急事態です、ギルマスに会わせてください!」
「ゆ、結城様!? き、緊急事態って、まさかその迷子ちゃんが暴走を……!?」
「違います、俺の財布の危機です! いいから早く!」
俺の悲痛な叫びに、雨宮さんは慌ててギルドマスターに連絡を取り、俺たちは昨日と同じ、最深部の特別防衛応接室へと案内された。
応接室の重厚な扉が開くと、徹夜明けなのか、目の下にクマを作ったギルドマスターが待ち構えていた。
「……結城くん。朝から血相を変えてどうした? 彼女の管理に何か不具合でも?」
「不具合どころじゃないですよギルマス! 約束の特別手当(食費)、今すぐ、早急に、前借りでください!!」
「は?」
ギルドマスターが目を丸くする。
俺はちゃぶ台の写真を撮ったスマホの画面を突きつけた。
「見てくださいこれ! 昨日の夜だけで、コンビニ弁当10個とスナック菓子数袋が消滅したんですよ!? これが毎食続いたら、俺の財布死にます! 破産です! 早くお金をください!」
災害級のバケモノの報告かと思えば、ただの「食費の無心」である。
呆れたように大きなため息をつきながらも、どこか安堵したような表情を浮かべた。
「……よほどの大食いなのだな。わかった、約束通り『調査報酬』の200万と、今月分の特別手当として50万円を即金で口座に振り込もう。これで足りるか?」
「助かります!! ありがとうございます、一生ついていきますギルマス!!」
俺は片桐の手をガシッと握りしめ、上下に激しく振った。
(……それにしても、50万か。このペースだと全然足りない気がするな。なんとかして稼がないと)
俺が心の中でソロバンを弾いていると、エク子が声を上げた。
『マスター! お金がないなら、昔ダンジョンで倒した【蒼竜】の素材(ウロコとか牙)とかを売ればいけますね! 神話級の素材なら、一つで何千万にもなりますよ!』
(おっ、天才かエク子! その手があった!)
『却下します。エク子、適当なことを言わないでください』
すかさず、トラ子が冷水を浴びせる。
『マスターはつい最近まで「Fランク」でした。そんな人間が、突然蒼竜のドラゴンの素材を持ち込めば、ギルドはどう思うでしょうか? 「いつ、どこで、誰と討伐したのか」を厳しく追及されます』
(あ……)
『結果的に、マスターが過去に無許可で高難度ダンジョンに侵入し、不法に魔物を狩り続けていたという重度のギルド規約違反が発覚します。
最悪の場合、冒険者ライセンス剥奪の上、犯罪者として投獄されますよ』
(やめだやめだ! 竜の素材はすぐに売らねえ!)
俺は内心で冷や汗を拭い、大人しくギルドからの振り込みを待つことにした。




