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大食い少女『凛』の誕生

誤字脱字報告ありがとうございます!

どこに書いていいか分からなかったのでこの場を借りてお礼申し上げます。


 ギルドへの報告を終え、俺たちはようやくギルド本部から解放された。


「黒曜の森は原因究明と安全確認のため、一時的に完全閉鎖とする」とのことで、当面はあの気味の悪いダンジョンに近づく必要はなくなったわけだ。


 夜の新宿の雑踏を、少女と手を繋いで歩く。

 先ほどまでは「出来のいいコスプレ」として通行人の目を誤魔化せていたが、これから一緒に生活していく上で、あの立派な二本のねじれ角とみすぼらしい服装のままでは、どう考えても不便すぎる。


「おじさん、ピカピカしてる! 街、すっごく明るい!」

「ははは、そうだな。でも、そのままだとちょっと目立ちすぎるからな。少し買い物していくぞ」


 俺が彼女を連れて向かったのは、新宿のネオンの中でひときわ異彩を放つ黄色い看板『鬼安の殿堂・ドドンキ』である。


 深夜まで若者や外国人観光客でごった返すこの巨大なディスカウントストアなら、服から食料まで何でも安く揃う。

今のカツカツな俺の財布(※報酬の200万は後日振り込みである)には、まさにオアシスだ。


 店内に入ると、圧縮陳列された膨大な商品と、独特のBGMに少女は目を丸くして硬直した。


「まずは、その角を隠す帽子だな」

 俺は帽子コーナーで、つばが広くて深く被れる黒のキャスケット帽を選び、少女の頭にポンと被せた。これで少し前髪を下ろせば、角はほとんど見えなくなる。


 次に服飾コーナーへ向かい、1000円の無地のパーカーと、ダボッとしたスウェットパンツを2着ずつカゴに放り込んだ。


 俺とお揃いのようなジャージスタイルだが、動きやすいし何より安い。

 そして、問題は『下着』だった。

 女性用の下着コーナー。


ピンクやレースの華やかな布地が並ぶその一角を前にして、35歳独身・元事務員の俺の足はピタリと止まった。

(……無理だ。三十路のおっさんが、中学生くらいの女の子の下着を真剣に選んでレジに持っていくとか、社会的に殺されるに決まっている……!)


『マスター、対象の衛生状態を考慮すれば、適切な下着の着用は必須です。ここは保護者として、勇気を出す場面かと』

(トラ子、お前はAIだからこの羞恥心が分からないんだ! 通報されたら俺の冒険者ライセンスが剥奪されるわ!)


 葛藤の末、俺は紳士服コーナーへ踵を返し、一番小さいSサイズの『男物のトランクス』を数枚カゴに叩き込んだ。


「……ごめん。とりあえず今日はこれで我慢してくれ。おじさんにはこれが限界だった」

「? よくわかんないけど、おじさんがくれるならなんでもいい!」


 無邪気に笑う少女に、俺は心の中で深く土下座をした。

 レジに向かう道すがら、食品コーナーでパンやカップ麺、大袋のスナック菓子など、念のため数日分の食料もカゴに山盛りに詰め込み、俺たちはドドンキを後にした。


 ◆


 いつものボロアパート。

 俺の住処のドアを開けた瞬間、少女は「わぁっ!」と歓声を上げた。


「おじさんのお家、すっごく狭いけど、風が吹いてこない! あったかい!」

「一言余計だが、まあダンジョンよりはマシだろ。ほら、手洗ってこい」


 買ってきたドドンキの袋をちゃぶ台に置き、俺も上着を脱いで一息ついた。

 その直後である。


「……おじさん」

 洗面所から戻ってきた少女が、俺のジャージの裾をクイクイと引っ張った。

 その赤い瞳が、飢えた獣のようにギラギラと輝いている。


「お腹、空いた」

「えっ? さっきコンビニで、特盛弁当とチキン食ったばっかりだろ?」

「ぜんぜん足りない! 胃袋の端っこにも届いてないの!」


 マジか。災害級の魔物(の胃袋)を完全に舐めていた。

 俺は慌ててドドンキの袋から、買ってきたばかりの菓子パンを5個、大袋のポテトチップスを2袋、そしてお湯を注いだ特大カップ焼きそばをちゃぶ台に並べた。


「ほ、ほら、とりあえずこれ食って……」

「いただきますっ!!」

 しかし、少女は食べ方を知らなかった。

 袋ごとパンやお菓子を食べようとしていたので、食べ方を教える。


 そして、少女は目にも留まらぬ速度でパンの袋を引き裂き、両手で交互に口へと運んでいく。


 ポテトチップスは袋のまま口に流し込み、カップ焼きそばに至っては「熱い」という概念が存在しないのか、たった三口で某掃除機並みの吸引力をもって吸い尽くしてしまった。


 時間にして、わずか3分。

 ちゃぶ台の上には、空っぽになったパッケージの山だけが残された。


「ぷはぁ……。おじさん、おかわり!」

「…………は?」

 俺は、血の気を失った顔で空袋の山を見つめた。


 さっき買った数日分の食料が、一瞬にして消滅した。マジで言っているのか。

(トラ子……こいつ、もしかしてまだ腹減ってるのか?)


『はい、マスター。対象の満腹中枢は通常の生物とは異なります。現状、まだ容量の15%程度しか満たされていないと推測されます。

……警告します。このまま空腹状態が続けば、理性を失い、隣室の住人を捕食しに向かう可能性が極めて高いです』

(隣の大学生の山田くんが食われちまう!?)


 俺の背筋に、滝のような冷や汗が流れた。

 もし餌を与えなければ、このアパートが血の惨劇の舞台と化す。

 俺は保護者として、こいつの腹を満たし続けなければならないのだ。

(これ……毎月の食費、冗談抜きでヤバいことになるんじゃねえか……!?)


 保護すると決めた自分を、俺は今更ながらほんの少しだけ後悔した。

 だが、泣き言を言っている暇はない。山田くんの命がかかっているのだ。


「ちょ、ちょっと待ってろ! おじさん、今からコンビニの弁当全部買い占めてくるから! 絶対に外に出るなよ!!」

 俺は財布を持ち、深夜の住宅街を全力疾走してコンビニへと駆け込んだのだった。


 ◆


 数十分後。

 俺がコンビニの棚からありったけの弁当とおにぎり、ホットスナックを買い占めて戻り、それをすべて平らげた少女は、ようやく満足そうにちゃぶ台の上で寝転がっていた。


「げっぷぅ……。おじさん、ごはん、いっぱい。しあわせ……」

「お、おう。お粗末様でした……」


 俺は空になった弁当の容器(約10個分)をゴミ袋にまとめながら、疲労困憊で畳に座り込んだ。明日はギルドに行って、絶対に特別手当(食費)の前借りを申請しようと固く心に誓う。


 満腹になって機嫌の良い少女は、俺が買ってきたダボダボのパーカーと男物のトランクスに着替え(キャスケットは角を隠すために被ったままだ)、畳の上でゴロゴロと転がっている。


「そういえば」

 俺は、お茶をすすりながら少女を見下ろした。

 これから一緒に暮らしていく以上、「お前」や「君」と呼び続けるわけにはいかない。


「お前、本当に自分の名前、覚えてないのか?」

「うん。おぼえてない。お腹空いてたことしか、わかんない」

「そうか……。じゃあ、俺が新しい名前をつけてやらないとな」


 俺の言葉に、少女はパァッと顔を輝かせて起き上がった。

「ほんと!? おじさんが名前くれるの!?」

「ああ。えーと……そうだな」

 俺の脳細胞が、フル回転でネーミングセンスを捻り出す。


「お前、とにかくめちゃくちゃ食うからな。食べる音から取って……『パク子』なんてどうだ?」

「ぱくこ?」


『…………マスター』

『うわぁ……マスター、絶望的にネーミングセンスないね……』

 トラ子とエク子の冷ややかな声が同時に響いた。

(なんだよ! 分かりやすくていいだろ!)


『いくらなんでも安直すぎます。思春期の少女に対する名前として、致命的な機能不全を起こしています。言語データベースの再構築を強く推奨します』


『パク子って、なんかパペットみたいじゃないですか却下却下ー!』

 AIたちからの総スカンを食らい、俺は慌てて別の案をひねり出した。


「うーん、じゃあ……『ハラペコ丸』?」

『ペットの犬じゃないんですよ』

「『大食いちゃん』?」


『そのままストレートに悪口言ってるだけじゃん!』

 ダメだ、AI娘たちのツッコミが厳しすぎる。


 少女も「はらぺこまる……?」と首を傾げており、どう見ても気に入っている様子はない。

 もっと女の子らしくて、響きのいい名前。


 俺は記憶の糸を必死に手繰り寄せた。

 事務員時代、夜な夜な暇つぶしに読んでいた漫画やライトノベルの記憶。


 その中でふと、ある『大食いキャラ』のヒロインの名前が脳裏に閃いた。

「……『りん』、なんてどうだ?」


 俺がポツリとこぼすと、少女の赤い瞳が大きく見開かれた。

「……りん。……凛」

 彼女は自分の唇でその音を何度か確認して、それから花が咲いたような満面の笑みを見せた。

「うんっ! わたし、凛がいい! 今日からわたし、凛だね!」


「おお、気に入ったか。凛とした強さを持って、元気に育ってほしいっていう願いを込めてな」


『……驚きました。マスターの知力20から、これほど美しく、彼女の鋭い瞳の雰囲気にも合致した名前が出てくるとは。素晴らしい選択です』


『うんうん! 凛ちゃん、すっごく可愛い名前!です!マスター、やればできますね!』

 脳内のトラ子とエク子も、大絶賛のスタンディングオベーションである。


 俺は「ふふん、俺のネーミングセンスも捨てたもんじゃないだろ?」と胸を張って鼻高々に笑ってみせた。

(……昔読んだバトル漫画に出てきた、『底なしの胃袋を持つ暴食の女戦士』の名前からそのままパクっただけだなんて、絶対に、死んでも、口が裂けても言えない……っ!!)


 知力20の俺が、そんな気の利いた名前をゼロから思いつけるはずがないのだ。

 だが、AI娘たちにもバレていない(実は知ってる)以上、この手柄は俺のものとしてありがたく頂戴しておくことにする。


「おじさん、ありがとう! わたし、凛!」

 凛は嬉しそうに俺の首に抱きつき、スリスリと頬を擦り寄せてきた。


 ドタバタな一日だったが、こうして俺の狭いボロアパートに、とんでもなく大食いで、とんでもなく規格外な『新しい家族』が加わったのである。


「よし、凛。明日は朝イチでギルドに行って、お前の食費の前借りを頼んでくるからな。山田くんを食うんじゃないぞ」


「やまだくん? 美味しいの?」

「いや食うな!!」

 三十五歳、元・適性ゼロの事務員。

 そして今は、Cランク冒険者にして、災害級の大食い少女の保護者。


 俺の波乱万丈な成り上がりライフは、この夜、さらなる混沌(エンゲル係数爆発)へと突き進んでいくのだった。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

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