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ランク昇格試験3


 第5訓練棟の地下闘技場。

 分厚い防壁で囲まれたすり鉢状の空間に、Aランク冒険者『鉄壁の剛堂』の放つ、ビリビリと肌を刺すような闘気が充満していた。


「……構えろ、結城誠。木剣でも鉄剣でも、そこにある訓練用の武器を好きに使っていいぞ」


 剛堂が、自身の背丈ほどもある巨大なミスリル製の大剣を軽々と片手で持ち上げ、切っ先を俺に向けた。


 対する俺は、闘技場の隅にある武器ラックには見向きもせず、黄色いドドンキの袋を足元に置き、両手をブラブラとさせたまま素手で突っ立っていた。


「いや、俺は武器はいいッス。素手で行くんで」


『マスター、賢明な判断です。もしあんな鉄剣でも武器(装備)』として握ろうものなら、スキル自体が完全に無力化されて、ただの「腰痛持ちの35歳」に成り下がりますからね』

(分かってるよ! あんなもん持った瞬間にスキルが消え失せて、最初の打ち合いで俺の全身の骨が砕け散るわ!)


 トラ子にツッコミつつ俺はあえてヘラヘラと笑ってみせた。

「……ほう。Fランクの分際で、武器も持たずに俺の相手をするつもりか」


 剛堂が、呆れたように鼻を鳴らした。

 俺が言いたかったのは「武器の使い方が分からない素人です」というアピールだったのだが、どうやら「アンタの剣なんか素手で十分だ」という最悪の煽り文句として受け取られてしまったらしい。


「舐められたものだが……まあいい。

ここは実技試験の場だ、俺もいきなり殺すような真似はせん。まずは『峰打ち』で気絶させてやろう。

……怪我をしたくなければ、すぐに降参することだな」


 剛堂が、ミスリルの大剣をこちらに向けた。


 彼は完全に「様子見」だった。

 Aランクの彼にとって、Fランクの新人など、ハエを追い払う程度の力で十分だと考えているのだろう。


「行くぞ!」

 ダンッ、と軽く床を蹴る音がしたかと思うと、剛堂の姿がブレた。

 常人の目には見えない速度。

 だが、俺の眼には、歩いて近づいてくるのと大差ない。


 剛堂は俺の目の前に立ち、手加減した速度で大剣の峰を俺の首筋へと横薙ぎに振ってきた。

(よし、まずは一発目! 思いっきりドジな回避を見せてやる!)


「う、うわわわぁぁっ!?」

 俺は情けない悲鳴を上げ、パニックになったように後ずさろうとした――フリをして、足を絡ませて派手に尻餅をついた。


 ブンッ! と、俺の頭上がポッカリと空き、剛堂の大剣が空を通り過ぎる。


「……む?」

 剛堂がピタリと動きを止めた。

 俺は床にへたり込みながら、「あ、あぶねー! 転んで助かったー!」と、冷や汗を拭う仕草を見せた。


「……貴様、今、避けたのか? いや、ただの偶然か……?」

 剛堂が疑念の目を向けてくる。周囲の受験生たちも「なんだあのおっさん、運だけで避けやがった」とざわめいている。


「チッ……運のいい奴だ。なら、これならどうだ!」

 剛堂の目に、わずかに剣呑な光が宿った。

 今度は峰打ちではない。

 刃を向け、かなり早い速度で踏み込み、鋭い袈裟斬りを放ってきた。


 空気を切り裂く鋭い風切り音。

 間違いなく、当たれば重傷は免れない一撃だ。

「ひぃぃっ! や、やめてぇっ!」


 俺は情けなく両手を振り回し、今度は四つん這いになって逃げようと床を這いずり回った。

 剛堂の刃は、俺の背中ジャージを数ミリの隙間で掠めていく。


 彼はすかさず、大剣を翻して横薙ぎの追撃を放つ。

「ああっ、俺のドドンキの袋が!」

 俺は黄色い袋を拾おうと、慌てて頭を下げて飛びついた。


 その瞬間、剛堂の刃がまたしても俺の頭上を通過し、空を斬る。

「ぜぇ……っ、はぁ……っ! バ、バカな……! なぜ当たらん……!?」


 剛堂は肩で息をしながら、信じられないという顔で俺を睨みつけた。

 何度剣を振るっても、這いつくばって逃げ回るだけの男に、かすり傷一つ負わせることができない。


 端から見れば「完全にパニックになって転げ回っているだけのおっさんに、Aランクの剣戟が奇跡的にすべて空振っている」という、異常な光景だった。


『ハハハハハッ!! マスター、相変わらず猿芝居が下手くそすぎます! 四つん這いで逃げる速度が速すぎて、完全にゴキブリですよ!』

(うるせえ! ムーンウォークとかするより、こっちの方が「素人がテンパってる」っぽくて自然だろ!)


 俺の苦労も知らず、剛堂の顔は屈辱と怒りで真っ赤に染まっていった。

「てめぇ……フザけやがって!! 俺をコケにするのも大概にしろォ!!」


 剛堂の怒りが頂点に達した。

 手加減も様子見も、もはや完全に消え失せていた。

 彼の大剣が、バチバチと赤黒い魔力の光を帯び始める。

 試験の枠を超えた、純粋な殺意を伴う技の構えだ。


 まずい。

 あれを避けたら、斬撃の余波が闘技場の防壁を破壊してしまう。

 試験会場を壊したとなれば、試験官には莫大な弁償金を請求されかねない(事務員時代の経験則)。


「トラ子! あの大剣の威力を完全に殺しつつ、俺が弱いと見せかけて相手を無力化するプランを頼む!」


『……無茶を言いますね。了解しました。マスターの腕で対象の剣をピンポイントで受け止めてください。

マスターの耐久力ならノーダメージの上、衝撃が相手に跳ね返ります』


「消し飛べェェェッ!! 『爆砕・剛重剣』ッッ!!!」

 剛堂が跳躍し、隕石のような威力を秘めた大剣を、俺の頭上へと振り下ろした。


 逃げ場はない。俺は「ひ、ひえぇぇ〜! やめてぇ〜!」と叫びながら、頭を抱えてうずくまる、いわゆる『素人の防御姿勢ダンゴムシ』をとった。


 ドムッ!! と、紺色ジャージの腕に、Aランクの渾身の一撃が直撃する。

 ――カァァァァァァァァァァァンッ!!!!

 闘技場に、耳をつんざくような甲高い金属の破断音が響き渡った。


「な……ッ!?」

 剛堂の口から、絶望的な声が漏れる。

 俺の腕を断ち切るはずだったミスリルの大剣は、俺の肉体の前では、まるで分厚い鋼鉄の壁に叩きつけられたガラス細工も同然だった。


 大剣は激突した瞬間にパキンッ!! と真っ二つにへし折れ、行き場を失った莫大な運動エネルギーは、そっくりそのまま持ち主である剛堂自身へと跳ね返った。


「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 自分の技ほ反動をまともに食らった剛堂の巨体は、まるで大砲で撃ち出されたかのように空中をカッ飛び、闘技場の壁にドゴォォォォンッ!! と深々とめり込んだ。


 ……パラパラと、壁の破片が落ちる音だけが響く。

 剛堂は白目を剥き、完全に気絶していた。


「あ……あれ?」

 俺は、自分のジャージの袖をパンパンと払いながら立ち上がり、不思議そうに首を傾げて、観客席に向かってヘラヘラと笑いかけた。


「い、いやぁ〜。剛堂教官、大振りしすぎて勢い余って剣が折れちゃいましたね! 手入れ不足でヒビでも入ってたんじゃないですか?」


「……」

 闘技場は、水を打ったような静寂に包まれていた。

 Aランクの剛堂が、剣を折られて自滅した?

 いや、誰の目にも明らかだった。


 「あのおっさんが頭を抱えた腕に剣が当たった瞬間、大剣が粉砕された」という異常な事実が。


 しかし、俺のあまりにもアホっぽい猿芝居と「剣の手入れ不足」という強引すぎる言い訳の前に、他の試験官達の脳が理解を拒絶してフリーズしてしまったのである。


「えーと……俺、試験中ずっと生き残ってたんで、合格ですよね? じゃ、お疲れ様でしたー!」

 俺はドドンキの袋を拾い上げ、静まり返る闘技場から逃げるように退散した。

 これ以上ここにいたら、ボロが出る。

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