ランク昇格試験1
冒険者ギルド新宿本部、1階ロビー。
いつものように「安全で」「平和で」「血生臭くない」Fランクの採取クエストを探していた俺は、受付嬢の雨宮さんに呼び止められた。
「結城様、少しよろしいでしょうか?」
「はい? 何か書類に不備でもありましたか?」
「いえ、そうではありません。結城様……この度、ギルド本部より『ランク昇格試験』の受験資格が発行されました!」
雨宮さんが、パチパチと拍手をしながら一枚の封筒を差し出してきた。
「昇格試験?」
「はい! 結城様はFランクとして登録されてから日は浅いですが、ヒカリゴケ採取の際の『違法薬物密売ルート発見』という多大な貢献(※本人は手柄を丸投げしたつもりだがギルド側には筒抜け)が評価され、特例として昇格試験の推薦が下りたんです」
なるほど。Fランクのままだと受けられるクエストも報酬も少ない。
妹に美味いものを食わせ続けるためには、上のランクに上がるのは悪くない話だ。
「結城さーん!」
「あ、結城さんもギルドに来てたんですね」
背後から声がして振り返ると、私服姿のしずくと葵が歩いてくるところだった。
「お前らもクエスト探し?」
「いえ、私たちも今日、Eランクへの昇格試験の案内状をもらったんです! 結城さんもですよね?」
「ああ、今ちょうど雨宮さんからもらったところだ」
しずくがパァッと顔を輝かせた。
「じゃあ、3日後の試験、一緒に受けに行きましょうよ! また三人で頑張りましょうね!」
「……まあ、結城さんが落ちて私たちが受かったら、気まずいですけどね」
「葵ちゃん! 縁起でもないこと言わないの!」
葵のツンデレな憎まれ口に苦笑しながら、俺は封筒を受け取った。
まあ、ただのEランク昇格試験だ。
Fランクの俺が受けるんだから、当然一つ上のEランクに決まっている。
ゴブリンの倒し方とか、スライムの弱点とか、その程度の簡単なテストだろう。
「よし、じゃあ3日後、試験会場でな」
「はいっ!」
こうして俺は、中身の案内状をよく読みもせずに、封筒を黄色いドドンキの袋の中に突っ込んだのだった。
……『確認不足』の恐ろしさを、すっかり忘れたまま。
◆
そして3日後。昇格試験の当日。
俺はしずく、葵と待ち合わせをして、ギルド本部の『Eランク試験会場』である第2訓練棟の受付に並んでいた。
「いよいよですね……! 私、昨日はEランクの筆記試験対策で徹夜しちゃいました」
「私もです。魔物の生態系の暗記、結構大変でしたからね。……結城さん、なんか余裕そうですけど、ちゃんと勉強しました?」
葵がジト目で俺を見てくる。
「ん? ああ、バッチリだぞ」
俺は胸を張った。
本屋で『猿でもわかる! Eランク冒険者になるためのスライム対策ドリル』という本を買い、夜までみっちり読み込んだのだ。
準備は万端である。
「次の方、受験票のご提示をお願いします」
受付の職員に促され、俺たちは順番に封筒の中の受験票を提出した。
しずくが青色の紙を、葵も青色の紙を提出する。
そして俺は、ドドンキの袋からくしゃくしゃになった『赤色の紙』を取り出してカウンターに置いた。
「ん?」
葵が俺の紙を見て首を傾げた。
「結城さん、なんで受験票の色が違うんですか?」
「え? さあ、年齢枠の区別とかじゃないか?」
適当に答える俺の前で、受付の職員が受験票を見て、目を丸くした。
「……あの。結城様、ですよね? Fランクの」
「はい」
「こちら……『Dランク昇格試験』の受験票ですが……」
「…………はい?」
俺の口から、間の抜けた声が漏れた。
しずくと葵も「えっ?」と固まっている。
「Dランクって……Eを飛ばして、いきなり中堅手前のDランクの試験ってことですか!?」
「はい。特例推薦の中には、稀に階級の『飛び級』試験が含まれることがありまして。
結城様の推薦状は、ギルド本部からの推薦で『Dランク昇格試験』への招待となっています」
俺は慌てて受験票の赤紙をひったくり、隅から隅まで目を通した。
そこには、デカデカと明朝体でこう書かれていた。
【Dランク昇格特別試験のご案内】
会場:第5訓練棟(北ブロック)
『……マスター。案内状を読まずにドリルで勉強していた時間は、すべて無駄でしたね』
「う、うるせえトラ子! なんでギルドの上層部は、勝手に飛び級なんかさせやがるんだ! FからDって、小学生がいきなり高校受験するようなもんだろ!」
周囲の受験生たちが「おい、あのジャージのおっさん、Dランクの飛び級試験らしいぞ」「マジかよ、どんなバケモノだよ」とざわつき始める。
「結城さん、すごいです……! いきなりDランクなんて!」
「感心してる場合じゃない! 第5訓練棟って、ここからギルドの敷地の反対側だぞ!? 時間は……!」
壁の時計を見る。試験開始まで、あと『3分』。
「ヤバい!! しずく、葵! お前ら頑張れよ! 俺は走る!!」
「あ、結城さん! 気をつけて……!」
俺はドンキの袋を握りしめ、第5訓練棟へ向かって猛ダッシュで走り出した。
Dランク試験。
スライム対策ドリルしかやっていない俺が、果たして受かるのか!?
◆
バンッ!!
「ハァッ……ハァッ……! ギリギリ、セーフ……ッ!」
俺が第5訓練棟の大教室に飛び込んだのは、開始のチャイムが鳴る数秒前だった。
広い階段教室には、すでに五十人ほどの屈強な冒険者たちが席についており、一斉にこちらを振り返る。
皆、猛者といった顔つきで、装備も一流の品ばかりだ。
そんな中に、紺色ジャージを着た三十路のおっさんが、肩で息をしながら飛び込んできたのである。完全に浮いていた。
「……おい。そこの遅刻ギリギリの男」
教壇に立っていた、顔に大きな傷のある大柄な試験官が、氷のように冷たい声で俺を睨みつけた。
Aランク冒険者、『鉄壁』の剛堂。結城誠は知らないが、新人イジメで有名な、ギルド内でも一、二を争う厳格な教官だ。
「じ、時間内には間に合ったはずですが……」
「時間を守るのは三流でもできる。一流の冒険者は『不測の事態』に備えて常に5分前行動を心がけるものだ。
ダンジョンで『ギリギリ間に合いました』などという言い訳は、死を意味するぞ。
……Fランクの結城誠だな? 評価はマイナスからのスタートだと思え」
初手から最悪の第一印象を買ってしまった。
俺は縮こまりながら、一番後ろの空席にそそくさと座った。




