表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/85

閑話 旧友たちの酒宴


 冒険者ギルド新宿本部の最上階、ギルドマスター執務室。


 深夜の静寂の中、片桐豪かたぎりごうのデスクに置かれた『裏回線』の魔力通信機が、低い振動音を立てた。

 この回線の番号を知っている者は、日本広しといえども片手で数えるほどしかいない。


 通信に出た片桐は、相手の声を聞いてふっと口角を上げた。

「……突然、懐かしい男から連絡が来たと思えば。

相変わらずだな、宗一朗そういちろう


『夜分にすまんな、豪。少し、付き合わんか』

 通信の主は、『黒犬』のトップ、柊宗一朗であった。


 表社会のギルドマスターと、裏社会のドン。

 決して交わってはいけないはずの二人は、かつてまだダンジョンが世界に現れて間もなかった混沌の時代に、背中を預け合い、数々の死線を潜り抜けた『Sランク冒険者パーティ』の元・仲間メンバーであった。


「お前にサシで飲みに誘われるなんて、いつ以来だ? 確か、俺がギルドマスターに就任した祝いの席以来じゃないか?」

『ああ、そうだったな。あの時はお前が悪酔いして、俺のスーツに酒をぶち撒けたよな』


「ふん。お前が先に俺のグラスに度数90パーセントの酒を注いだからだろうが」

 軽口を叩き合いながら、片桐は執務室のコートを手に取った。

 旧友からの誘い。断る理由はなかった。


 ◆


 新宿の喧騒から少し離れた、神楽坂の路地裏。

 看板のない隠れ家的な小料理屋の、一番奥の座敷席で二人は落ち合った。


 片桐は仕立ての良いスーツ姿、宗一朗は威厳のある和服姿だ。

「……お前も、変わらないな。豪」


「お前もな、宗一朗。その顔の傷を見るたびに、あの『狂竜』との死闘を思い出すよ」

 二人は軽くグラスを合わせ、極上の日本酒を喉に流し込んだ。


 表と裏、それぞれの頂点に立つ男たち。

 普段は決して見せることのない、ただの「歴戦の戦友」としての顔がそこにはあった。


 昔話に花を咲かせ、互いの近況を語り合い、やがて酒の肴は「最近の冒険者事情」へと移っていった。


「そういえば、宗一朗。最近、うちの新宿本部に、どうにもおかしな新人冒険者が登録してきてな」


「ほう? お前が『おかしい』とまで評するとは、余程の才能の持ち主か」

「いや、才能(適性)は完全な『ゼロ』だ。魔力も一般人以下。

だが……そいつは明らかに『規格外の力』を隠し持っている」


 片桐は、楽しそうに目を細めながら語った。

「名前は結城誠ゆうきまこと、35歳。

……つい先日、Cランクのアーマード・オークを『偶然振り回した袋が当たった』という猿芝居で即死させた。

さらに昨日は、Aランク相当にまで魔力が暴走したヤツを相手に、無防備に攻撃を背中で受けて無傷。

挙句の果てに、暴走した魔力核コアをピンポイントで粉砕し、『相手が勝手に自爆した』と言い張ってのけたんだとさ」


「…………」

 結城誠。


 その名前を聞いた瞬間、杯を口に運ぼうとしていた宗一朗の手が、ピタリと止まった。


「あの男、完全に自分の実力を隠している。

演技が下手すぎて、うちの腕利きの教官や調査員にはバレバレなのだが……本人は本気で『ただのドジな運のいいおっさん』を演じ切れていると思っている節があってな。厄介だが、実に面白い男だ」


「……そうか。誠の奴、冒険者ギルドに登録していたか」

 宗一朗が、ポツリとこぼした。


 その言葉に、今度は片桐が驚きに目を見開く。


「なんだ、宗一朗。お前、あの結城誠を知っているのか?」

「……ああ。よく知っている」


 宗一朗の脳裏に、決して口を割らず、龍牙との約束を守り抜いた不器用な男の姿がよぎった。

(そうか。龍牙がダンジョンで倒されたという報告……まさか、誠が相手だったとはな。

龍牙の暴走を無傷で止めただけでなく、あえて殺さずに魔力だけを奪うとは。……本当に、底の知れない男だ)


 宗一朗は、ふっと口元を緩め、旧友に向かって真っ直ぐに宣言した。


「悪いが豪。結城誠は、こちら(黒犬)がいずれ頂く。

あれは、裏社会に置いておくには惜しいほどの『義』を持った男だが……俺の組織には絶対に必要な人材だ」


「おいおい、冗談じゃない」

 片桐が、すかさず杯をテーブルに置いて否定した。


「あいつの力は、いずれ世界を揺るがす。あのような有力な冒険者は、ギルドに何人いてもいい。

いや、うちで囲い込ませてもらう。

あんな規格外を、裏社会の抗争に巻き込ませるわけにはいかんからな」


 表社会のギルドマスターと、裏社会のドン。

 かつての戦友同士が、一人の「35歳のジャージの男」を巡って、バチバチと火花を散らす。


 座敷の空気が、ピリッと張り詰めた。

 ……沈黙。

 数秒の睨み合いの後。


 二人は、全く同時に「「……フッ」」と吹き出し、やがて腹を抱えて大笑いした。


「ハハハッ! お前と獲物を取り合うなんて、Sランク時代以来だな!」

「違いない。あの頃はいつも、どちらが先にボスの首を落とすかで揉めていたからな」


 笑い声が収まると、宗一朗は杯に酒を注ぎ足した。


「まあいい。俺が強制的に引き抜こうとしても、あの男は決して首を縦には振らん。

……あいつは、自分が守りたいもののためにしか動かない不器用な男だからな」


「同感だ。俺も、無理に引き抜いてギルドに縛り付けるつもりはない。

……結城誠が、自分で選ぶ道を尊重しようじゃないか」


「ああ、そうだな」


 当の結城誠本人が知れば「勝手に俺を取り合わないでくれ! 面倒くさい!」と泣いて逃げ出すであろう密談は、こうして和やかに終わった。


 ◆


 酒が進み、夜もさらに更けてきた頃。

 片桐の纏う空気が、ふと、冒険者ギルドのトップとしての『鋭さ』を取り戻した。


「……さて。昔話はここまでにして、少し『きな臭い話』をしておこうか」

「ほう。お前がその顔をするということは、よほどの事態だな」


 宗一朗もまた、裏社会のトップとしての冷徹な顔つきに切り替わる。

「最近、うちの他の支部が管轄しているダンジョンで……『迷宮崩壊ダンジョンブレイク』の予兆が観測された」


「…ダンジョンブレイクだと?」

 宗一朗の眉がピクリと動いた。

 ダンジョンブレイク。


 それは、迷宮内に溜まった魔力が限界を超え、無数の魔物たちが現実世界へと溢れ出してくる大災害である。


「ああ。だが問題はそこじゃない。

ブレイクの予兆があったのは、定期的な魔物の間引き(間引き)を行い、魔力濃度の管理を徹底している『完全対策済み』の安全なダンジョンなんだ」


「……馬鹿な。管理されたダンジョンで起きるなど、あり得ないだろう」

「その『あり得ない』が起きようとしている。……宗一朗、お前の耳に、何か情報は入っていないか?」


 片桐の問いに、宗一朗は腕を組み、静かに首を振った。

「いや、俺のところには何の噂も入っていない。だが……お前の言いたいことは分かる。自然発生でないとすれば」


「ああ。何者かが意図的にダンジョンの魔力脈に干渉し、人為的にブレイクを引き起こそうとしている……俺はそう踏んでいる」


 人為的なダンジョンブレイク。

 もしそれが事実であれば、ただの災害ではない。都市一つを壊滅させるための、明確な『テロリズム』だ。


「結城誠が絡んだ『魔力増強剤ブースト』の密売ルートもそうだが、最近、どうも得体の知れない連中が暗躍している匂いがしてな。

……宗一朗、裏社会の動きには気をつけておけ。ダンジョンから魔物が溢れれば、おまえらのシマだってタダじゃ済まないぞ」


「分かっている。……こちらでも、不審な動きがないか洗いざらい調べさせておこう」


 二人の顔に、重苦しい緊張感が走る。

 結城誠というイレギュラーの存在に気を取られている裏で、世界を揺るがす巨大な悪意が、静かに、そして確実に胎動し始めていた。


 新宿の夜は深い。

 来るべき大きな嵐の予兆を孕みながら、旧友たちの酒宴は夜明けまで続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ