理不尽なる復讐者3
「アハハハハハハッ!! 見ろよこの力ァ! 溢れてきやがる……俺は今、親父すら超えた究極の存在になったんだァ!!」
新宿第4ダンジョン『旧都の地下遺跡』。
その静寂は、紫色の毒々しい魔力の奔流によって無残に引き裂かれた。
左京から渡された特別製の『ブースト』を煽った龍牙の肉体は、限界を超えた魔圧によって赤黒く膨れ上がり、踏み出す一歩ごとに石畳を粉々に粉砕する。
「ひっ……あ、ああ……っ」
「……結城さん、逃げて……これ、無理だよ……」
背後でしずくと葵が、絶望的なプレッシャーに圧し潰されそうになりながら声を絞り出す。
Fランクの新人にとって、Aランク相当の「殺意」は、それだけで肺を潰されるような重圧だ。
「……二人とも、しゃがんで目を瞑ってろ。……今、おじさんがなんとかしてやるからな」
俺は震える二人を背中で庇うように立ち、前方の狂犬を睨み据えた。
龍牙の思考はもはや薬物によって増幅された憎悪にのみ特化している。
「余裕ぶってんじゃねえぞ、結城ィッ! てめえのその澄ましたツラを、今すぐ肉片に変えてやるよォォ!!」
龍牙が地を蹴った。
ドンッ、という破裂音。
かなり早い速度で肉薄してきた龍牙が、魔力を一点に集約させた右拳を俺の顔面へと突き出す。
『――マスター。回避しますか?』
(いや、ここで普通に避ける身のこなしをしたら、バレる……!)
俺は「う、うわわわぁぁっ!?」と情けない声を上げながら、慌てて後ろに飛び退くフリをした。
実際には、紙一重の距離で拳の軌道をずらしているだけだ。
龍牙の必殺の拳は俺の鼻先をかすめ、背後の巨大な石柱を文字通り『消滅』させた。
「……あぶなっ!? 今の当たってたら死んでたぞ!?」
「チョコマカと……! この、ドブネズミがァッ!!」
苛立ちに狂った龍牙が、嵐のような連撃を繰り出してくる。俺は「ひぃぃっ!」「たすけてぇっ!」と叫びながら、転げ回り、無様に這いつくばる『不格好な逃げ』に徹した。
『マスター。対象の魔力がオーバーヒートしています。……ですが、対象は標的を変更するつもりのようです』
「チッ……! てめえが避けるなら、後ろのガキ共から殺してやるよォ!!」
俺の『悪運』に業を煮やした龍牙が、矛先をしずくたちへと向けた。
標的が、無防備な少女たちへと牙を剥く。
殺意を向けられたしずくは「ひぃっ……!」と悲鳴を上げて頭を抱える。
だが、魔法使いの葵は、恐怖にガチガチと歯を鳴らしながらも、必死に杖を構え、前に出た。
「く、来るな……っ! 『炎の槍』ッ!!」
葵の杖の先から、彼女の全魔力を込めた灼熱の炎の槍が放たれる。
Fランクの新人としては破格の威力と集中力だ。
しかし、龍牙はそれを避けることすらしなかった。
「ハッ! 蚊が止まったかと思ったぜェ!!」
龍牙が紫色のオーラを纏った腕を軽く振るうだけで、葵の炎はあっけなくかき消された。
「あ……」
「死ねぇぇ、ガキィ!!」
絶望に染まる葵の顔面めがけて、龍牙の凶悪な拳が振り下ろされる。
もう、ドジを装って避けている場合ではない。
「……やめろ、龍牙ァァッ!!」
俺は地面を蹴り、必死の形相で二人の前に割り込んだ。龍牙の口角が吊り上がる。
「カカッ! 逃げなきゃいいんだよォ!! 死ねぇぇッ!!」
龍牙の全体重を乗せた、渾身のストレート。逃げ場はない。俺は二人を抱きしめるようにして、その衝撃を『背中』で受け止めた。
ズガァァァァァァァァァンッッ!!!
地下遺跡が揺れ、天井から砂埃が降り注ぐ。まともに命中した。
衝撃波で俺のジャージの背中がビリビリに裂け、火花のような魔力が散る。
「……結城さん……いゃぁぁぁっ!!」
しずくの悲鳴が響く。だが。
「……ふぅ。……なんだ、思ったより軽いな」
「な……ッ!? ぐ、あああぁぁぁッ!?」
絶叫したのは、攻撃した側の龍牙だった。あまりに硬すぎる俺の肉体を殴った反動、そして限界を超えていた薬物の魔圧。
彼の右腕は、指先から肘にかけて無残にひび割れ、そこから紫色の火花がパチパチと漏れ出していた。
(トラ子、こいつこのままだと爆発するだろ。殺さずに無力化する方法を教えろ!)
『了解しました。対象は外部からの過剰な魔力供給により自壊寸前です。
……彼の体内に、魔力の供給源となっている根元――『魔力核』があるはずです。
そこを一点、物理的に打ち抜けば、溜まった魔力は霧散し、沈黙します』
(魔力核か。……よし、やるぞ)
俺は「う、うわぁぁっ、なんだこれ! お返しだぁっ!」とパニックを装って腕を振り回しながら、龍牙に向かってしがみつくように飛び込んだ。
「あ、危ないぞ! じっとしてろッ!!」
そう叫びながら、俺はトラ子が指示したポイントの『魔力核』を目掛け、指先を突き立てた。
――パリーン。
という、氷が砕けるような澄んだ音が遺跡に響く。
薬物によってパンパンに膨れ上がっていた龍牙の魔力回路が、俺の一撃で粉砕され、溜まっていた過剰な魔力が一気にシューッと外へ漏れ出した。
「あ……が……は……」
龍牙は白目を剥き、溜まっていた魔力を吐き出すようにして、その場に力なく崩れ落ちた。
魔力の根源を失った彼は、もう二度と魔法も超常的な力も使えないだろう。
命は助かったが、彼の『牙』は永遠に失われたのだ。
「……はぁ、はぁ。……た、助かった……のか?」
俺はわざとらしく肩で息をしながら、へたり込むしずくたちに振り返った。
「結城さん……今の……」
「いやぁ、びっくりしたな! こいつ、俺を殴った瞬間に、自分の魔力が強すぎて『自爆』しちゃったみたいだぞ、ほら、電化製品がショートするみたいな感じかな?あははははは…」
ジャージの背中が裂けているのは「衝撃波のせいだ」と誤魔化し、俺はヘラヘラと笑ってみせた。そこへ、教官の鬼島が血相を変えて飛び込んできた。
「おい!! 全員無事か……っ!?」
鬼島は、無惨に粉砕された石柱と、白目を剥いて転がっている龍牙、そして背中を丸出しにしながら無傷で立っている俺を見た。
「きょ、教官! この不審者、葵ちゃんの魔法で怯んだあと、勝手に自爆しました! 俺、怖くて背中向けて丸まってただけなんですけど、なんか勝手に倒れちゃって……」
「…………」
鬼島は何も言わず、ただ滝のような冷や汗を流しながら俺を見つめていた。
ベテランの彼には見えていたはずだ。
あれ程の魔力を垂れ流した攻撃を背中で受けてピンピンしている男が、ただの事務員であるはずがない。
だが、彼は深く追及することを止めた。
ここで下手に突っ込めば、自分の常識が完全に崩壊すると悟ったのだろう。
「あ、ああ……そうか。『自滅』だな。……うん、記録にはそう書いておく。お前ら、よく……生き残ったな」
鬼島の引き攣った笑顔と共に、事態は「不運な事故と悪党の自爆」として処理されることになった。
◆
研修の帰り道。
しずくは「怖かったね」と何度も俺の腕を掴んできたが、魔法使いの葵だけは違った。
彼女は、裂けたジャージから覗く俺の背中――傷一つない、鋼のような肌を、ジッと黙って見つめ続けていた。
(……自爆? 私の魔法で怯んだ? そんなわけない。あんな威力の直撃を受けて、服が裂けるだけで済むわけがない。あの人……本当は……)
彼女の抱いた確信に近い疑念だった。
◆
一方、左京玄弥は、革張りのソファに深く腰掛けながら、片手に持った高級ワインのグラスを揺らしていた。
テーブルの上には、魔力通信機が置かれている。
そこから聞こえてきたのは、ダンジョンの外で見張りをさせていた部下からの「龍牙様、ギルドの教官に回収されました。完全に意識不明です」という短い報告だった。
「……ふふっ」
左京の口から、抑えきれない笑みが漏れた。
「素晴らしい。あの特別製の薬で借り物とはいえ、Aランク相当まで引き上げられた龍牙さんをわずかな時間で完全に無力化したと。……しかも、龍牙さんを殺さずに」
左京の瞳の奥で、冷たい歓喜の炎が揺らめく。
彼の目的は、単に龍牙を排除することだけではなかった。彼が本当の目的としていたのは、結城誠の『戦闘データ』の収集である。
「龍牙さんを当て馬にした甲斐がありました。部下が遠巻きに測定した魔力波形の乱れ……結城誠は魔力を一切使わず、純粋な『物理攻撃』のみで暴走した魔力核をピンポイントで粉砕した。……まさに、規格外のバケモノですね」
勝てば邪魔な結城誠がいなくなる。
負ければ、目の上のたんこぶだった龍牙が完全に組織から排除され、結城誠の実力を測るデータが手に入る。
結果として、左京の思い描いた、最も理想的な盤面が完成したのである。
「これで、私が黒犬を掌握する上で邪魔な駒のひとつは消えました。
……結城誠。あなたには本当に感謝していますよ。
……表のギルドも、裏の我々も、もうあなたの存在を無視することはできませんからね」
ワイングラスを傾ける左京の顔に、三日月のような不敵な微笑みが深く刻まれていた。
夜の新宿に、左京の低い笑い声が静かに溶けていった。
そして、主人公のすぐ身近にいる少女、葵もまた、彼がただの「運のいいおじさん」ではないことに薄々感づき始めていた。
いつの間にか誠さんは、秘孔を突ける様になった様です。(
)
ここまでお読み頂きありがとうございます。
続きが気になる方は、ブックマークを。
面白いと思った方は評価を是非よろしくお願いします。




