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にっく・にっく・すき焼きとSランクの看護師長2


「……ごめん。美桜。お兄ちゃんがバカだった」

 説教から解放され、シュンと肩を落として病室に戻ってきた俺。


 すき焼きの鍋とコンロは、ナースステーションに無惨にも没収されていた(退院時に返してくれるらしい)。

 生肉だけは、病院の冷蔵庫の隅にこっそり入れさせてもらった。


「ふふっ、あははははっ! お兄ちゃん、師長さんに耳引っ張られてたね! 」

 美桜はベッドの上で、お腹を抱えて大爆笑していた。


 妹のこんなに元気な笑い声を聞くのは、本当に久しぶりだった。

 病気で苦しんでいた時は、笑う体力すら残っていなかったのだから。


 その笑顔が見られただけでも、怒られた甲斐があったというものだ。

 俺は頭を掻きながら、ドドンキの袋を探った。


「すき焼きは退院した時のお楽しみってことで。

……でも、大丈夫! お兄ちゃんはリスクヘッジも完璧な男だからな! じゃーん!」


 俺がドドンキの袋から取り出したのは、豪華絢爛な『特上・大トロ入り握り寿司盛り合わせ』だった。


「わぁっ! お寿司だ! すごーい、キラキラしてる!」

「だろ? 火を使わないからこれなら怒られない。さあ、一緒に食おうぜ」

 俺たちはベッドのテーブルに寿司を広げ、醤油をつけて頬張った。


 口の中でとろける大トロの脂。

 最高だ。金銭の余裕が生み出す、心の平穏の味がする。


「お兄ちゃん、今日はどんなお仕事だったの?」

「ん? ああ、今日はな。地下水道にヒカリゴケっていう植物を採りに行ったんだよ。はじめてのクエストだ」


 マグロを頬張りながら、俺は今日あった出来事を、美桜を怖がらせないように面白おかしく脚色して話した。


「そしたらさ、途中で悪い顔をしたチンピラみたいな冒険者に絡まれてな。俺が逃げようとして『うわー、足がもつれたー』って派手に転んだら、向こうが勝手に壁に顔面ぶつけて自滅したんだよ」


「えーっ! なにそれ、ドジっ子すぎる悪党だね!」

「そうそう。で、もう一人が怒って飛びかかってきたんだけど、俺がバランス崩して振り回した腕が、偶然そいつの顎にコツンって当たって、クルクルーって飛んでいって気絶したんだ。俺の悪運、すごくないか?」


「あははははっ! お兄ちゃん、まるで喜劇の主人公みたい! ギャグ漫画だよそれ!」

 美桜は手を叩いて笑い転げた。

 俺も「だろー?」と笑いながら、お茶をすする。


 ……本当は、Cランクの魔物をビンタで倒し、違法薬物の密売組織のメンバーを肘打ちと袋の角で沈めてきたなどとは、口が裂けても言えない。


 俺は、妹の前ではいつまでも「ちょっとドジだけど、優しくて頼りになる普通のお兄ちゃん」でいたかった。


 この温かい時間が、ずっと続けばいいと、心からそう願っていた。


 ◆


 同刻。

 冒険者ギルド新宿本部、ギルドマスター執務室。

 窓から新宿の夜景を見下ろすギルドマスターの背中越しに、黒いマントに身を包んだ調査員ウォッチャーが、片膝をついて報告を行っていた。


「……以上が、監視対象『結城誠』の行動録です。

対象は地下水道ダンジョンにて、我々が長年追っていた違法薬物『魔力増強剤ブースト』の密売組織のアジトに単独で接触。

組織のメンバー二名を、物理的手段で制圧しました」


「……それで?」

 ギルドマスターは、葉巻の煙をゆっくりと吐き出しながら振り返った。


「報告によれば、奴は『偶然転んだ』『バランスを崩して肘が当たった』などと、三流の猿芝居を演じていたそうだな」


「はい。あまりにも不自然で、大仰な演技でした。

しかし……結果だけを見れば、奴の動きには一切の無駄がなく、たったの二撃で、致死性の猛毒を帯びた刃を完全に無力化していました」


 調査員は、思い出すだけでも背筋が凍るような光景を語った。

「壁に顔面を激突した男も、顎を砕かれた男も、一歩間違えれば即死の威力でした。

奴はそれを『偶然の事故』に見せかけながら、寸分違わぬ力加減で『気絶』に留めてみせたのです。……もはや、神業としか言いようがありません」


 ギルドマスターは、ため息をつく。

「つまり奴は、お前が背後から監視していることに最初から気づいており……あえて自分の実力を隠すために、そのような道化を演じてみせたということか」


「はい。さらに奴は、積まれていた大量の違法薬物を発見するや否や、暗闇に隠れていた私に向かって『証拠品は次にここに来た偉い人の手柄だ』と大声で宣言し、現場の事後処理をすべて私に丸投げして逃走しました」


「…………」

 執務室に、重苦しい沈黙が降り下りた。


「……恐ろしい男だ」

 ギルドマスターが、低く唸った。


「自分が手を下せばギルドに目をつけられる。だからこそ、自分の力を極限まで隠蔽しつつ、我々ギルドの調査員を『違法薬物摘発の清掃係』としてタダ働きさせたのだ」


「はい。完全に手玉に取られました。奴の頭脳は、我々の思考の遥か先をいっています。ただの脳筋などではありません。極めて狡猾な、策士です」


 ……もしこの場に結城誠本人がいれば、「いや、ただ面倒くさい書類仕事から逃げてすき焼きを食いたかっただけなんだけど!」と全力で否定しただろう。


 だが、真実(知力20)を知らないギルドのトップ層は、勝手に結城誠を『底知れない知略と武力を併せ持つ、謎の怪物』として評価を天井知らずに跳ね上げてしまっていた。


「結城誠……。ただの無職のFランクの皮を被った、特級のバケモノめ」

 ギルドマスターは、机の上に置かれた結城誠の『適性なし』のプロファイル写真を、険しい表情で睨みつけた。


「引き続き、奴から目を離すな。奴が一体何を企み、冒険者ギルドに潜り込んできたのか。……その真の目的を、絶対に突き止めるのだ」


「はっ。承知いたしました」

 調査員が影に溶けるように消える。

 新宿の夜は更けていく。


 病院で幸せそうに寿司を頬張るジャージの男が、表社会ギルドの首脳陣をかつてないほどの警戒態勢に陥らせていることなど、誰も知る由もなかった。



本日の夕飯:特上・大トロ入り握り寿司(病室にて)

ギルドマスターからの評価:【極めて狡猾な策士(誤解)】

知力:20(相変わらず)


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