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迫真の猿芝居と、丸投げの美学


「死ねや、ルーキー!!」

 二人の密売人が、毒の塗られたダガーを構えて左右から同時に飛びかかってきた。


 俊敏な動き。

 急所を的確に狙う刃の軌道。そこらのFランク冒険者なら、一瞬で喉笛を掻き切られて終わりだろう。


 だが、俺の目から見れば、彼らの動きはハエが止まるよりも遅い、完全なスローモーションだった。

 俺はため息をつき、無意識に拳を握り込んで迎撃しようとした――その時。


『マスター! ストップです!』


 脳内でトラ子の鋭い警告が響いた。

『思い出してください! 今マスターの背後の暗がりには、ギルド本部から差し向けられた腕利きの調査員ウォッチャーが潜んでいます! ここでマスターが圧倒的な力でこの二人を瞬殺すれば、ギルドに目をつけられ、平穏な日常(すき焼き)は永遠に失われます!』


「っ……! しまった、そうだった!」

 危ない。無意識に強めの『デコピン』を放つところだった。

あんなものを人間に当てたら、殺ってしまう。


「じゃ、じゃあどうすればいいんだよ! 避け続けるのも不自然だろ!」

『Fランクの新人らしく、運と偶然を装って泥臭く戦うのです! いわゆる猿芝居ですよ、マスター!』


 猿芝居。

 つまり、俺のこの無敵の肉体を隠し、「ひ弱な35歳」を演じきらなければならないのか。

(やるしかねえ……! 美桜とのすき焼きパーティのために!)


 俺は奥歯を噛み締め、大げさに両手を振り回しながら、迫り来るダガーに向かって叫んだ。


「う、うわぁぁぁ〜! や、やめてくれぇ〜! こないでぇ〜!」

 ……棒読みだった。


 まるで学芸会で「村人A」をやらされている小学生のような、感情ゼロの叫び声。


「もらったァ!!」

 男の一人が、俺の胸ぐらをめがけてダガーを突き出す。


 俺は「あー、足がもつれたー」と口に出して言いながら、ドスッと不格好に尻餅をついた。


 その直後。

 空を切ったダガーが、俺の頭上のコンクリート壁にガキンッ!と突き刺さり、男は勢い余って壁に顔面を強打した。


「ぐべぇッ!?」

「あー、あぶなかったー。偶然、転んじゃったぞー」


『アハハハハハハッ!!』

 脳内で、エク子が腹を抱えて爆笑する声が響き渡った。

『マ、マスター! ひどい! 演技がひどすぎます! B級映画のエキストラでももう少しマシなリアクションしますよ!!』


「うるせえ! 俺は今までデスクワーク一筋の事務員だったんだぞ! 演技のレッスンなんか受けたことねえよ!」


 顔を真っ赤にして内心で言い返していると、もう一人の男が激昂して飛びかかってきた。


「てめぇ、ふざけやがって!!」

「ひぃぃ〜、やられる〜。たすけて〜」


 俺は両手で顔を覆う(ふりをして指の隙間からバッチリ相手の動きを見ながら)、ブルブルと震えてみせた。


 男のダガーが俺の肩口を掠めようとする。

 俺は再び「うわー、バランス崩したー」と棒読みで叫びながら、上半身を奇妙な角度で捻った。


 ブンッ! と空を切るダガー。

 そして、俺の『バランスを崩して振り回された右腕の肘』が、男の顎の先端に、本当に、本当に軽く触れる程度の力で『コツン』と当てた。


 ――バキャァッ!!

「あびゃッ!?」

 その瞬間、男の顎骨が砕ける音と共に、彼の身体はコマのように空中で三回転し、積まれていた違法薬物の木箱に頭から突っ込んで気絶した。


「…………あっ」

『マスター! 当たりが強すぎます! あれじゃただの交通事故です!』

「ち、違う! 俺は避けただけだ! 向こうから勝手に肘に顔面をぶつけてきたんだ!」


 俺が焦っていると、壁に顔面をぶつけて鼻血を出していた最初の男が、フラフラと立ち上がってきた。


「こ、この野郎……! 偶然避けやがって……! 運のいいルーキーだぜ……!」

 奇跡だ。こいつらは俺の猿芝居を「ただの信じられないほどの強運と悪あがき」だと勘違いしてくれているらしい。


 やはり悪党というのは、自分の実力を過信するあまり、相手を過小評価する傾向にあるのだ。

「お、俺は怒ったぞー。えーい、Fランク・パンチー」


 俺はこれ以上ボロを出さないうちに終わらせようと、黄色いドドンキの袋を振りかぶり、男の顔面に向かって「ペチッ」と軽くぶつけた。


 ドゴォッ!!

「ぐほァッ!!」

 袋の角が当たった瞬間、男は白目を剥いて吹き飛び、水路の汚水の中へとダイブしてプカプカと浮かび上がった。即座に気絶。

 完全沈黙である。


「……ふぅ。あっぶねー。死ぬかと思ったぜー」

 俺は額に全くかいていない汗を拭うフリをして、大きくため息をついた。


 勝った。いや、正確には「事故に見せかけた正当防衛」が成立した。

『マスター。お疲れ様です。見事な(?)猿芝居でした。後ろのウォッチャーも、あまりのダサさに困惑して殺気を引っ込めています』


「よ、よし! これで俺はただの運がいい新人だ」

 俺はドドンキの袋を拾い直した。

 さあ、依頼のヒカリゴケは別の場所で探すとして、とっとと帰ってすき焼きだ。


 ……そう思って踵を返そうとした俺の目に、嫌なものが飛び込んできた。

 男たちが守っていた、紫色の液体が詰まった大量の小瓶。違法薬物『魔力増強剤ブースト』の山である。


「……これ、どうすんだよ」

 俺は頭を抱えた。

「これをギルドに持ち帰って報告したら、確実に『第一発見者』として事情聴取だろ? 警察みたいな連中に何時間も拘束されて、報告書を山ほど書かされる……。今日は特上黒毛和牛のすき焼きなんだぞ! 肉の鮮度が落ちちまう!」


 事務員時代の経験が、俺に『お役所仕事の面倒くささ』を痛いほど警告していた。

 あんな大量の違法薬物を押収なんてことになれば、徹夜コースは免れない。


『マスター、見なかったことにして帰りましょう! 関わらないのが一番です!』

「いや、でもエク子。これを放置して他の新人が間違って飲んだらヤバいだろうが。知力ゼロの廃人が量産されちまう」


 どうする。

 自分で処理するのは面倒くさい。でも、放置するのは危険だ。

 ……知力20の脳細胞が、フル回転で最適解を導き出そうとショート寸前になった、その時。


「……そうだ。俺、一人じゃないじゃん」

 俺はハッとして、自分の背後――暗い水路の奥に広がる『暗闇』に視線を向けた。


 そこには今も、俺を監視しているギルドの腕利き調査員ウォッチャーが息を潜めているはずだ。


「よし」

 俺はコホンと一つ咳払いをすると、両手をメガホンのように口元に当てて、まるで大根役者のようなわざとらしい大声を張り上げた。


「あーっ!! なんだこれー!! 違法な薬物がこんなにたくさんあるぞー!!」

 暗闇に向かって、俺の声が虚しく反響する。


「お、俺はしがないFランクの新人だから、こんな危険なものに関わっちゃいけないんだ! 早く帰ってすき焼きを食べないと!! あ〜あ、どこかに正義感に溢れた『ギルドの優秀な職員さん』が隠れていて、この悪党どもと違法薬物を回収してくれないかな〜!!」


 俺はチラッ、チラッと、ウォッチャーが隠れているであろう柱の影を横目で見た。


「俺は何も見なかったことにするぞー! ここにある証拠品は、全部『次にここに来た偉い人』の手柄だー!! よーし、帰るぞー!!」


 言い終わるが早いか、俺は脱兎のごとくその場から走り去った。

 足音を響かせ、地下水道の出口に向かって猛ダッシュだ。


 ◆


 ……結城誠が、嵐のように去っていった後の地下水道。

 静まり返った暗がりから、黒いマントに身を包んだ一人の男が、深いため息をつきながら姿を現した。


「……なんだ、あの大根芝居は。馬鹿にしているのか」


 ギルドマスター直属の調査員ウォッチャーである彼は、こめかみをヒクヒクと引き攣らせていた。

 監視対象である結城誠。


 彼の動きは、確かに「ただ運が良くて転んだだけ」に見えなくもない、絶妙にダサい動きだった。


 だが、Cランクのオークの一件を知る調査員からすれば、それが「異常なまでの身体制御能力による偽装」であることは明白だった。


「気配にも気づかれていた上に、面倒な事後処理まで丸投げされたというわけか……」

 調査員は、気絶している密売人たちと、大量の違法薬物の山を見下ろした。


 結城誠への苛立ちはある。

 だが、この密売ルートの摘発は、ギルドにとって計り知れないほどの大手柄になることは間違いない。


「……チッ。借りを一つ作らされたな」

 調査員は通信用の魔道具を取り出し、ギルド本部への回収部隊の要請を行った。


 かくして。

 究極の丸投げ(パス)は見事に成功し。

 結城誠は一切の面倒な書類仕事から逃れ、妹の待つ病院へと、最高の黒毛和牛を携えて帰還することに成功したのである。



現在の所持金:肉代、諸経費を引いて280,000円

初クエスト:成功

NEXT :本日の夕飯は予定通り、すき焼き


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