適性なしの冒険者1
新宿の中心部にそびえ立つ、巨大なガラス張りのビル。
それが、日本の迷宮探索の総本山たる『冒険者ギルド新宿本部』だ。
かつて俺がしがない事務員として働いていたのは関東の小さな支部だったため、この本部に足を踏み入れるのは初めてだった。
行き交う冒険者たちは、誰もが最新鋭の魔法装甲や、魔物を素材にしたオーダーメイドの武具を身に纏い、一目で歴戦の猛者だとわかるオーラを放っている。
そんな中。
上下1980円の紺色のジャージ(新品)に、手にはドドンキの黄色い袋を下げた男が一人、受付の列に並んでいた。
完全に場違いである。
周囲からの「なんだあいつ」、や「道に迷ったおっさんか?」とか、「ピクニック気分かよ」という痛い視線がビシビシと突き刺さる。
「……マスター、完全に浮いてますね。ダサいです」
「うるせえ。金がないんだから服なんて買えるかよ。俺は素材を売って億万長者になるために来てるんだ」
脳内のエク子に悪態をつきながら、俺は「新規登録」の窓口へと進み出た。
「次の方、どうぞ」
カウンターの向こうで声をかけてきたのは、真新しい制服に身を包んだ、銀縁眼鏡の若い受付嬢だった。胸元のネームプレートには『雨宮』とある。
彼女は俺のジャージ姿を一瞥して一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにプロの営業スマイルを取り繕った。
「新規の冒険者登録ですね。本日はようこそいらっしゃいました。私は担当の雨宮と申します。
……ええと、戦闘職志望でよろしいでしょうか?」
「あ、はい。一応、前衛の物理アタッカー希望で」
「かしこまりました。では、身分証の提示とこちらの書類への記入をお願いします。
……記入が終わりましたら、奥の修練場で『適性検査』と『初期ランク測定』を行います」
雨宮さんは、丁寧な口調ながらも、どこか「冷やかしなら怪我をする前に帰ってほしい」という空気を微かに滲ませていた。
無理もない。
どう見ても俺は、深夜のコンビニに行くついでにギルドに来た無職のおっさんにしか見えないのだから。
(まぁ無職のおっさんなのは違いないがな)
書類を書き終え、俺は雨宮さんに案内されて、ギルド地下の広大な修練場へと向かった。
「では、結城様。まずは冒険者としての才能を測る『適性検査』を行います。こちらの石版に手を置いてください」
案内されたのは、かつて俺を絶望のどん底に叩き落としたのと同じ、禍々しいルーンが刻まれた測定器だった。
俺は小さく息を吐き、石版に右手を乗せた。
ピピッ。
無機質な電子音と共に、石版の上部にホログラムの文字が浮かび上がる。
『適性:なし』
「……………」
修練場の隅に、気まずい沈黙が落ちた。
「キーッ! なんですかこのポンコツ機械は! マスターの規格外の才能が測れないなんて、ただのガラクタです! ぶっ壊してやりましょう!」
「落ち着いてくださいエク子先輩。この機材はシステム標準の『正規スキル』のみを参照する仕様です。
バグスキルである【存在強奪】を持つマスターが『適性なし』と判定されるのは、プログラム上当然の挙動です」
脳内でAIたちが騒ぐ中、雨宮さんがひどく同情的な、いたたまれないような瞳で俺を見た。
「あ、あの……結城様。適性なしという結果は、その、非常に稀ではあるのですが……決して冒険者になれないというわけでは……」
「あ、大丈夫です。知ってましたから。気にしないで次行きましょう」
俺がヘラヘラと笑うと、雨宮さんは「なんて健気な人なんだろう」とでも言いたげな顔で、涙ぐみながらコクリと頷いた。
「は、はい……! 次は魔力量の測定です。こちらの『魔力水晶』に手を触れて、少しずつ魔力を流し込んでください。光の強さと色で、魔力量と属性を判定します」
台座の上に置かれた、ボーリング玉ほどの透明な水晶。
俺は水晶の前に立ち、手を触れた。
「……んんっ」
魔力を流し込もうと念じてみる。
だが、水晶はうんともすんとも言わない。一切の光を放たず、透明なままだ。
「あれ? トラ子、俺の魔力って……」
「マスター、マスターのステータスはモンスターを喰らうことで異常な数値を叩き出していますが、それはあくまで【筋力】や【耐久】などの『物理ステータス』に極振りされた結果です。
魔力による魔法攻撃の適性や、体外へ放出するマナの総量は、一般人と大差ありません」
「なるほど、純度100%の脳筋ってことだな」
俺が水晶をぺたぺたと触っていると、雨宮さんがさらに悲痛な顔になった。
「あの……結城様。水晶が全く反応しないということは、その……魔法を使うための魔力が、体内に『ほとんど存在しない』ということでして……」
「あ、やっぱり? まあ、魔法とか使えないんで大丈夫です」
適性なし。
おまけに魔力はゼロ(測定不能レベルの低さ)。
雨宮さんの目から見れば、俺は「何の才能もないのに冒険者を夢見てやってきた、無謀で可哀想なジャージ姿のおじさん」に完全に確定してしまったようだ。
「……結城様。冒険者は、命に関わる大変危険な職業です。
才能がなくても荷物持ちなどの裏方で活躍される方はいますが……本当に、登録されますか?」
雨宮さんが、心底心配そうに俺の手を握ってきた。
いい子だ。裏社会の奴らどもとは大違いの、真っ当な善意が沁みる。
だが、俺はここで引き下がるわけにはいかないのだ。
「大丈夫です。俺、力仕事には自信があるんで。最後の物理検査、やらせてください」
「……わかりました。そこまで仰るなら」
雨宮さんは渋々といった様子で、壁に固定された巨大な金属製のパッドを指差した。




