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新たなる決意


 新宿都立総合病院の中庭で、これからの人生について黄昏れていたあの日から数日後。


 俺はボロアパートの万年床の上で、天井のシミの数を数えながら、ポテトチップスをかじっていた。


「……54、55、56」

「マスター! なに現実逃避してるんですか! 美桜ちゃんが退院に向けて一生懸命リハビリしてるっていうのに、お兄ちゃんが万年床でニートしててどうするんですかッ!!」

 脳内で、エク子が腕を振り回しながら怒り狂っている。


「うるせえな。俺は今、死闘を終えた戦士の『魂の休息期間バカンス』を満喫してるんだよ。それに、美桜の治療費も完済したし、借金取りに追われることもなくなった。

……つまり、俺は完全に自由の身だ。

急いで働く理由がねえ」


「ダメ人間思考すぎます! トラ子ちゃん、マスターに現実を突きつけてやってください!」

 エク子に振られ、トラ子が冷たい声で報告を始めた。


「マスター。現在、マスターの銀行口座の残高は『100,420円』です。柊宗一朗から渡された手切れ金は、美桜さんの治療費の完済と当面の入院費でほぼ全額相殺されました」


「……」

「このままでは、美桜さんが退院してくる頃には、電気も水道も止まったこのボロアパートで、妹さんに雑草を食わせることになりますが」


「……働くか」

 俺はポテチの袋を置き、のそりと起き上がった。

 いくら借金がなくなったとはいえ、生活費は稼がなければならない。

 可愛い妹にひもじい思いをさせるわけにはいかないのだ。


「でもよぉ。俺、事務員はクビになったし、黒犬からも永久追放だろ。

まともな職歴もない俺が、今からどうやって稼ぐんだよ」


 俺がぼやきながら、部屋の隅に転がっていた『魔法の黄色いドドンキのアイテムボックス』を引き寄せた時だった。


「……あ」

 袋の口を開けた瞬間、部屋の中が眩いばかりの蒼い魔光に照らされた。

 そういえば、すっかり忘れていた。


 Aランクダンジョン『蒼鳴の霊峰』で、龍牙に渡したのは道中で拾ったフロスト・ワイバーンなどの素材だけ。

 袋の奥底には、本命中の本命である神話級ドロップアイテムが、手付かずのままゴロゴロと転がっていたのだ。


【蒼鱗】×50

【蒼竜の逆鱗】×1

【絶対零度の竜牙】×2

【蒼竜の魔核】×1


「トラ子……これ、売ったらどれくらいになる?」

「……市場に出回った記録がないため正確な算出は不可能ですが、控えめに見積もっても、国家予算クラスの金額が動きます。

一生どころか、十回生まれ変わっても使い切れない富ですね」


「よし、売ろう。これで俺は億万長者だ」

 俺がニヤリと笑った瞬間、トラ子が容赦なく冷や水を浴びせた。


「却下します。身元の不確かな無職の男が、いきなりAランク最深部の神話級素材をギルドや買取所に持ち込めばどうなるか。

……間違いなく、軍や国家の特務機関に拘束され、解剖台の上に乗せられます」


「うっ……」

「まどかさんという『裏の顔役』の後ろ盾を失った今、マスターにはこの素材を安全に換金するルートが存在しません」


 確かにそうだ。

 Aランクダンジョンへの入場パスも、まどかが裏ルートで用意してくれたものだった。

 今の俺は、ただの「無免許の密猟者」と同じだ。

 こんなバケモノ素材を公の場に出せば、国中がパニックになる。


「じゃあ、どうすればいいんだよ。宝の持ち腐れじゃないか」

「簡単なことです、マスター」

 トラ子が、ふわりと眼鏡を押し上げた。


「マスター自身が、『上位の素材を持ち帰っても誰にも文句を言われない存在』になればいいのです。

……すなわち、正規の手続きを踏んで【冒険者】のライセンスを取得し、自らの力で上位ランクへとのし上がることです」


 探索者ライセンス。

 それは、国から認められた迷宮探索のプロフェッショナルとしての証明。 


「……ライセンスか。俺昔、適性検査で『適性なし』って判定されてて、それでも諦められなくて事務員に回された挙句、クビになったんだぞ? 今更ギルドに行って、登録なんかできるのか?」


「何を弱気になってるんですかマスター! 今のマスターは【筋力:2300】の脳筋ですよ!? 指先一つでぶっ壊せますって!」


「だから脳筋って言うな、あとできるだけ物は壊したくない…」


 だが、二人の言う通りだ。

 これまでは切羽詰まった状況で、裏道ばかりを通ってきた。


 だが、妹を救い、自由になった今。

 俺は俺自身の力で、胸を張って表の道を歩けばいい。

「……よし。決まりだな」


 俺は立ち上がり、ボロボロになっていない方の(一応まともな)ジャージを羽織った。

「まずは、冒険者ギルドに行って、正式にライセンスを取る。……無職からの大逆転劇、第2章の開幕だ」


 神殺しの力を隠し持った究極の適性ゼロ(バグ)が、再び表舞台である冒険者ギルドの扉を叩く。


 この決断が、後にギルド本部を揺るがす大騒動に発展することを、今の俺はまだ知る由もなかった。


♦︎


現在の所持金:100,420円

所持アイテム:Aランク素材多数(※換金不可)


職業:無職(新規冒険者志望)

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