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失態


 数日後。

 新宿、黒犬のフロント企業が入る高層ビルの一室。


 左京玄弥は、本革のデスクチェアに深く腰掛けながら、手元のタブレットに表示された報告書を眺めていた。


「……なるほど。龍牙のヤツ、結城誠か、Aランクのドロップアイテムをせしめたか。

フロスト・ワイバーンの牙に、アイス・ゴーレムの魔核ねぇ」


 報告書を読み終え、左京は冷たい笑みを浮かべた。

「馬鹿が。そんな中層の小銭程度のアイテムで満足して、尻尾を振って帰ってきたわけだ」


 左京の頭脳は、龍牙の浅はかさを完全に見抜いていた。

 結城誠という男は、単なる脳筋ではない。

(少なくとも見かけ上はそう見えるが、何か異常な力を持っているに違いない)


あのような短期間でAランクダンジョンから生還した者が、道中で拾った程度のアイテムしか持っていないはずがないのだ。


「奴は、最深部まで到達している可能性が高い。……つまり、あの『特級エリクサー』クラスのアイテムを、まだどこかに隠し持っている」


 左京の目が、欲望に黒く濁る。

 だが、すぐに彼は冷静さを取り戻し、指先でデスクをトントンと叩いた。


「しかし、結城誠を直接狙うのはリスクがデカすぎる。

龍牙の部下が港で放たれた殺気を浴びて、何人もトラウマで使い物にならなくなったらしいからな。あの化け物を武力で屈服させるのは不可能だ」


 家族を人質に取るという龍牙の手口も、

 すでに一度使われた以上、二度目は通じない。

 しかも今、奴は組織のくびきから放たれた完全なフリーの怪物だ。

 下手に刺激すれば、組織ごと物理的に粉砕されかねない。


「直接が無理なら、盤外から絡め取るしかない。……さて、どう料理してやろうか」

 左京は、新たな策略の糸を紡ぎ始めていた。


 ◆


 同日、夜。柊本家、大広間。

 黒犬の最高幹部たちが顔を揃える定例会合の席で、龍牙は自信に満ちた、いや、傲慢なほどの笑みを浮かべて上座の柊宗一朗の前に進み出た。


「親父殿。本日は、我々黒犬の新たなシノギの拡大をご報告にあがりました」

 龍牙は仰々しく恭しい態度で、桐の箱を宗一朗の前に差し出した。


 箱が開かれると、中から冷気を纏った蒼い牙と、脈打つ魔核が現れる。幹部たちからどよめきが上がった。


「これは……Aランクの素材か!?」

「ええ。独自の強力なルートを開拓しましてね。これからは、こうした超高ランクのダンジョン素材を定期的に本家に納めることが可能になります」


 得意げに語る龍牙。

 彼にとっては、まどかの派閥を潰し、結城誠という最強の駒から恒久的に上前をはねる完璧な計画の第一歩だった。


 だが。

 上座に座る柊宗一朗の顔には、微塵も喜びの色はなかった。

 ただ、絶対零度の静かな瞳で、桐の箱の中身を見下ろしている。


「……龍牙」

「はい、親父殿!」

「この素材は、どこから出た?」


 宗一朗の低く静かな問いに、龍牙は胸を張って答えた。

「『蒼鳴の霊峰』です。Aランクダンジョンの中でも、特に希少な氷雪系の素材でして――」


 その言葉を聞いた瞬間。

 宗一朗の脳内で、バラバラだったパズルのピースが、寸分の狂いもなく完璧に噛み合った。


 ――結城誠が、妹を救うために特級エリクサーを求めて向かったダンジョン。

 それが『蒼鳴の霊峰』だ。


 誠が帰還した直後、なぜか龍牙が、その『蒼鳴の霊峰』の素材を手に入れている。

 誠ほどの男が、苦労して手に入れた素材を、タダで他人に譲るはずがない。


 譲らざるを得ない『致命的な理由』があったのだと。

 ――誠の妹は、病院のICUから動けない。ならば、誠を脅迫するためのもう一つの『人質』は。


 ……行方不明になり、ひどく衰弱した状態で発見された、愛娘のまどか。

(……そういうことか)


 すべてを察した宗一朗の眼光が、猛禽類のように鋭く細められた。

「りゅう、が」


 次の瞬間。

 ドンッ!!!

「ガ、アァァァァッ!?」

 大広間に、肉が弾け飛ぶような凄まじい打撃音が響き渡った。


 幹部たちが何が起きたのか理解するよりも早く、龍牙の身体は数メートルも吹き飛び、襖を突き破って廊下へと転がっていた。


「お、親父殿……!? なにを……っ!」

 口から血を吐き出し、混乱と恐怖に顔を歪める龍牙。

 宗一朗はゆっくりと立ち上がり、地鳴りのような足音を立てて龍牙を見下ろした。


「……なぜ、まどかにあのような真似をした」

「な、何を仰っているのか……! 俺は、まどかのことなど……!」


「しらばっくれるなッ!!」

 宗一朗の一喝が、ビリビリと大広間の空気を震わせた。

 ボスの底知れぬ激怒を前に、息をすることすら忘れて硬直している。


「お前が裏で小細工をしていることなど、とうに気づいていた。

だが、身内である妹を拉致し、飢えさせ、あそこまで衰弱させるなど

……外道の極み! 我が黒犬の代紋に泥を塗る行為だ!!」


「ち、違います! 俺はただ、組織のために……!」

「黙れ。貴様のその浅ましい欲望が、どれほどのものを壊したか分かっているのか」

 宗一朗の脳裏に、ボロボロになりながらも口を割らなかった結城誠の姿がよぎる。


 きっと何が取引があったのだろう。

 あの男は、龍牙との誓約を守るために、最後まで龍牙の名前を出さず、すべての罪を被って追放を受け入れたのだ。


「……龍牙。貴様は無期限の謹慎とする。貴様の持つシマ、権限、すべてを今この瞬間から凍結する」


「お、親父殿! お待ちを! 俺は……っ!」

「連れて行け。私の視界から消せ」

 宗一朗の冷酷な命令により、龍牙は若衆たちに引きずられながら大広間を退出させられた。

 残された幹部たちは、事の顛末に震え上がっている。


 宗一朗は桐の箱に入った蒼い素材を見つめ、静かに目を閉じた。

 (おれは間違えていたのか。ただ一時の感情に流されて彼奴を、利を手放してしまった。

 追い出した手前、すぐに戻れというのも違う。

 さてどうしたものか。)


 宗一郎は考える。

 結城誠という、手放すにはあまりにも惜しい、不器用で真っ直ぐな怪物を、再びこの盤面に引き戻すための方法を。


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