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竜殺しの黄色い袋


『……ヌ、グ、オォォォォォッ!!』

 自身の絶対的な権能であった「召喚」が、矮小な人間によって論理的に封じられた。


 その事実を理解した蒼竜の黄金の双眸が、困惑から明確な「激怒」へと色を変えた。

 ドーム全体を揺るがす、怒りの咆哮。


 ヤツは玉座であった白骨の山を蹴り崩し、巨体を揺すって地を這うような突進を開始した。


「――来るぞ! トラ子、演算開始!」

「了解。……対象の行動パターン、物理特化へ変化。

質量と速度による単純蹂躙を選択。

……マスター、死にたくなければ私の指示通りに動いてください」


 トラ子の氷のようなナビゲーションが脳内に響く。

 直後。蒼竜の巨大な前脚が、空気を凍らせながら俺の頭上へと振り下ろされた。


 ――ズ、ドォォォォォォォォォンッ!!

「おっとォッ!!」


 俺は、限界のその先まで鍛え上げた爆発的な脚力で、音を置き去りにして横へと跳躍した。


 コンマ一秒前まで俺がいた場所は、蒼竜の一撃によって数メートルもの深さのクレーターと化し、砕け散った巨大な氷晶が散弾銃のように周囲へ飛び散った。


「ヒャッハー! マスター、ナイス回避! そのままヒラリヒラリと、闘牛士みたいに翻弄しちゃいましょう!」


「バカ言え! 一発でも掠ったら即死だっての!」


 エク子の気楽な応援にツッコミを入れながら、俺は氷の床を滑るように移動した。


 レイス戦での経験が生きている。

 滑る氷の床の上でも、俺の足腰が持つ異常な摩擦抵抗と、トラ子の指示する完璧な重心移動(姿勢制御)によって、俺はフィギュアスケーターのような滑らかさと、弾丸のような速度で蒼竜の死角へと回り込んだ。


『小賢シイ、羽虫メガァッ!!』

 蒼竜が巨体を反転させ、長い尻尾を鞭のようにしならせて薙ぎ払ってきた。

 ドームの壁を粉砕しながら迫る、死の鉄槌。


「……上等だ」

 俺は逃げなかった。


 これまでの特訓で培った、理不尽な攻撃すら耐えうる異常な肉体の強度。

 そして、全魔力を注ぎ込んで極限まで高めた【竜鱗装甲】。


 死地を何度も潜り抜けることで磨かれた「生存本能」が、俺に前に出ろと告げていた。


「おおおおおおおッ!!」

 俺は黄色いドドンキの袋――破壊不可属性が付与された俺だけの特製シールド――を前面に構え、迫り来る尻尾に対して正面から突撃した。


 ――ド、ガァァァァァァァァァァァンッ!!

 凄まじい衝撃。

 全身の筋肉が軋み、骨がミシミシと悲鳴を上げる。


 だが、止まらない。

 黄色い袋の理不尽な防御判定が尻尾の直接攻撃を弾き、俺の強靭な肉体がその余波を完全相殺する。


「……ッ、ぐゥッ!! 重てえ……だが、受け止めきったぞ!」


「マスター、お見事です! 衝撃分散率98%! 微細な筋繊維の断裂は【超速再生】でコンマ数秒で完治します! さぁそのまま、ヤツの懐へ!」


 トラ子の号令。

 俺は尻尾を受け止めた反動を利用し、さらに蒼竜の腹の下へと爆速で滑り込んだ。


 巨体すぎるがゆえの、足元の完全な死角。

「オラァッ!!」

 俺の右手にある魔法の黄色い袋――それは『アイテムボックス』そのものだ。


 俺は袋の亜空間に収納しておいた『重たいプロテインの特大缶』を数個、袋の物理的な『中身』として一気に実体化させた。


 重さゼロの魔法の袋が、一瞬にして超重量級の質量兵器モーニングスターへと変貌を遂げる。


「てめえのその自慢の結晶鱗(鎧)、俺の筋肉(物理)で叩き割ってやるよッ!!」

 俺は、限界の底をぶち抜いた究極の腕力で、黄色い袋を限界まで振りかぶった。


 リストラされたあの日から、ヤケクソになってダンジョンに突っ込み、バケモノどもを貪り食らって積み上げてきた、理不尽極まりない力のすべて。


 体中の筋肉が悲鳴を上げるほどの力が、俺の右腕の筋繊維の一本一本に宿っている。


 ――ド、カァァァァァァァァァァァァァンッ!!


 蒼鳴の霊峰が、かつてない轟音と共に激しく揺れた。

 蒼竜の腹部、無敵を誇る蒼い結晶鱗に、超重量の黄色い袋がクリーンヒット。


 暴力的なまでの衝撃波がドーム内の吹雪を一瞬にして吹き飛ばし、ヤツの巨体が、わずかに浮き上がった。


『――ガ、アァァァァァァァァッ!?』

 蒼竜の断末魔。

 蒼竜の肉体に、初めて「痛み」という概念が深く刻み込まれた瞬間だった。


 叩きつけられた結晶鱗がひび割れて粉砕され、その奥にある蒼い肉がむき出しになり、高濃度の魔力が血のように霧散する。


「やったッ! 直撃ですマスター! トカゲを、ドドンキの袋で殴り飛ばしました!」

「……ふむ。計算通りの物理衝撃です。ですが、マスター」


 エク子が歓喜の声を上げる中、トラ子の声が一段と険しくなった。


「対象の魔力反応、さらに膨張。……『痛み』を知ったことで、ヤツはもはや羽虫を殺すためではなく、敵を『滅ぼす』ための戦闘形態へと移行しました」


『……許サン。矮小ナル人ノ子ヨ。我ガ『痛み』ノ代償ハ、貴様ノ存在ノ『完全消滅』ダ』


 蒼竜が、玉座の残骸から這い上がり、天に向かって咆哮した。

 その声は先ほどまでの怒りとは違う、冷徹で、絶対的な「殺意」に満ちていた。


 ドォォォォォォォン……ッ!!

 蒼竜の巨体から、蒼白い魔力が溢れ出し、空間そのものが歪み、凍りつき始めた。


 第20階層全体が、ヤツの魔力によって再構成されようとしている。

「……チッ。一撃じゃ終わらねえか。流石はラスボスだな」


 俺は黄色い袋を握り直し、全身から立ち上る血と魔力の湯気を払い落とした。


 ステータスの数値を表示するまでもない。

 今の俺の肉体は、過去最高の状態に仕上がっている。


 俺の心は折れていない。

 むしろ、これまでの成長の証が、最高の相棒たちの声が、俺をさらに強く、速く加速させていく。


「行くぞ、エク子、トラ子。……第2ラウンドだ」

 死闘はさらに激化し、次のステージへと突入していった。


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