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蒼竜との激闘、存在強奪の真価


 Aランク最深部エリアボス『蒼竜ブルードラゴン』。


 六枚の巨大な氷晶の翼が一度羽ばたいただけで、第20階層の広大なドーム内に猛烈な暴風が吹き荒れた。


『――消エ去レ、塵芥チリアクタ

 威厳を孕んだ声が脳を直接揺らした直後。


 視界を完全に覆い尽くすほどの、蒼竜の巨大なテールが、音置き去りにして迫ってきた。


 速い。巨体に似合わぬ、物理法則を完全に無視した神速の薙ぎ払いだ。


「ッ……! 『竜鱗装甲(極)』!!」

 俺は咄嗟に両腕を交差させ、全魔力を注ぎ込んでガードの姿勢をとった。


 ――ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!


「が、はァッ……!?」

 激突した瞬間、俺の身体はピンボールのように弾き飛ばされた。


 環境ダメージはおろかAランク下位の攻撃すら防ぐ俺の肉体が、まるでダンプカーに轢かれたトタン板のように軋みを上げる。


 数百メートルも氷の大地を削りながら転がり、分厚い氷の壁に激突してようやく停止した。


「マスター!! 骨格へのダメージ、許容範囲ギリギリです! 【超速再生】をフル稼働させます!」


「……トラ子、嘘だろ。ガードの上から打撃の重さで内臓が揺れたぞ……!」


 俺は血の混じった唾を吐き捨て、よろよろと立ち上がった。


 だが、息をつく暇もない。蒼竜はすでに黄金の双眸をこちらに向け、その巨大なアギトの奥で、周囲の空間を歪ませるほどの莫大な魔力を収束させていた。


「来ます、マスター! 絶対零度の神話級ブレス! 直撃すれば、今度こそ凍結フリーズします!」


「逃げてくださいマスター! あれはまともに受けちゃダメです!」


 トラ子とエク子の絶叫。

 俺は氷の壁を蹴り、その場から全速力で跳躍した。


 ズゴォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 俺が先ほどまでいた場所を、蒼白い光の奔流が呑み込んだ。


 少し掠っただけで、俺のボロボロのジャージの左半身がパキンと音を立てて凍りつき、そのまま粉々に砕け散った。

 肌を刺す致死の冷気。

 ただの余波だけで、これまでのフロアボスの全力攻撃を遥かに凌駕している。


「ハァッ……ハァッ……! 次元が違いすぎるだろ……」


 これが蒼竜なのか。

 ステータスの暴力で無双してきた俺ですら、一歩間違えれば即死する、文字通りの『絶望』だった。


『……ホウ。我ガ一撃ヲ受ケテ、尚立チ上ガルカ。小賢シイ羽虫メ』

 蒼竜が、鬱陶しそうに鼻を鳴らす。


 その圧倒的な強者の余裕。

 ヤツにとって、俺はまだ「少しだけ頑丈なゴミ」程度にしか認識されていない。


『単独デ我ガ玉座ニ辿リ着イタ事ダケハ褒メテヤロウ。ダガ……羽虫一匹ニ、我ガ直々ニ手ヲ下スノモ煩ワシイ』


 蒼竜が天に向かって、短く、だが地を這うような低い咆哮を上げた。


 グルルルルルルルッ……!!

 その瞬間、ドーム内の氷の床が五箇所、強烈な魔力の光と共に隆起した。


 現れたのは、蒼竜をそのままスケールダウンさせたような、全長十メートルほどのドラゴンたちだった。


 鋭い氷の牙、鋼鉄のように硬い鱗。Aランク中位クラスの魔物、『アイス・ワイバーン』の変異体だ。

 それが、五体。


『喰ラエ、我ガ眷属ヨ』

「おいおいおい、嘘だろ……!」

 俺は冷や汗を流しながら、包囲陣を敷く五体の下位ドラゴンを睨みつけた。


 ただでさえ蒼竜本体との実力差に絶望しているというのに、そこにAランクの魔物を五体も同時召喚されるなど、完全に反則チートだ。


「クソッ、トラ子! ヤツら、無限に召喚されるのか!?」

「……マスター、落ち着いてください」

 絶体絶命の状況下で、トラ子の声は氷のように冷徹で、そしてどこか勝ち誇っていた。


「むしろ、ヤツが直接手を出さず、『召喚』という手に出たのは、我々にとって最大の好機チャンスです」


「チャンス!? 1対6だぞ!」

「マスターは、ご自身のスキルの『本当の恐ろしさ』をまだ理解していませんね」


 トラ子は、視界に俺のステータス画面をオーバーレイ表示し、一つのスキル名をハイライトした。


【存在強奪】。

「このスキルは、ただ対象のステータスやスキルを奪うだけではありません。文字通り、対象の『存在そのもの』を世界から奪い取る(デリートする)バグスキルです。

……マスター、思い出してください!」


 トラ子の言葉に、俺はハッとした。

 そういえば、存在強奪にはもう一つの効果があったことに。


「……【存在奪取そんざいだっしゅ】。これが、貴方のスキルのもう一つの隠された効果です。

マスターが倒し、存在を強奪した魔物は、システムの根幹からデータが一時的に隔離されます。

……具体的には、『討伐から3時間』は、いかなる手段をもってしても復活・召喚が不可能になります」


 つまり。

「この五体を俺がぶっ殺せば……あのトカゲ野郎は、3時間はこいつらを召喚できなくなるってことか!」


「その通りです! いけえええっマスター! 雑魚散らしの時間ですよ!」

 エク子の元気なエールが脳内に響き渡る。


 俺の口角が、自然と吊り上がった。

「なるほどな。……数の暴力で押し潰そうって魂胆なら、てめえのその盤面システム、根こそぎぶっ壊してやるよ」


 俺は『魔法の黄色い袋』を右手に握り直し、筋力の出力を一気に限界まで引き上げた。


 ギヂヂヂヂッ、と筋肉が悲鳴を上げるが、【超速再生】が瞬時にそれを修復する。


『ギャアァァァァァッ!!』

 五体の下位ドラゴンが一斉に襲いかかってきた。

 四方八方からの氷のブレスと、鋭い爪の乱舞。並の冒険者なら一瞬で挽肉にされる飽和攻撃だ。


「遅えよ」

 俺はステップで、ブレスの隙間を縫うように跳躍した。

 最初の一体の懐に潜り込み、黄色い袋(絶対破れない質量兵器)を横薙ぎにフルスイングする。

 ドゴォォォォォォンッ!!


 重厚な氷の鱗ごと、下位ドラゴンの胴体が「くの字」にへし折られ、吹き飛んだ。

 そのまま壁に激突し、光の粒子となって消滅する。


『――条件達成。【存在強奪(奪取)】が発動します』


「次ッ!」

 着地と同時に大地を爆発させ、二体目、三体目の頭上へ。


 両拳に全魔力を注ぎ込んだ【竜鱗装甲(極)】を纏わせ、メテオ・スマッシュを脳天に叩き込む。

 バキィィィィィンッ!!


 悲鳴を上げる間もなく、二体の頭蓋骨が粉砕され、霧散。


 残り二体。

 ヤツらが恐れをなして後退しようとしたが、逃がすわけがない。


 俺は魔法の黄色い袋から『ストロング系缶チューハイ(9%)』を取り出し、全力で投擲した。


 缶チューハイは、弾丸のようにドラゴンの眉間を貫通。

 最後の一体は、俺の飛び蹴りで心臓をぶち抜いて終わらせた。


 わずか十数秒。

 Aランク中位のドラゴン五体が、俺の圧倒的な物理的暴力の前に完全殲滅された。


『――条件達成。【存在強奪(奪取)】が発動します』

『――対象の再召喚を、3時間ロックしました』


「ふぅ……。準備運動にはちょうどよかったぜ」

 俺は黄色い袋を肩に担ぎ、玉座から見下ろしている蒼竜に向かってニヤリと笑った。


『……チッ。無駄ニ素早イ羽虫ダ。ダガ、何度デモ我ガ眷属ノ餌食ニ……出デヨ、我ガ下僕タチ!』


 蒼竜が再び、床に向けて魔力を放ち、召喚の咆哮を上げた。

 莫大な魔力が床に集中し、五つの魔法陣が浮かび上がる。


 だが。

 ――プスッ。

 不発弾のような情けない音を立てて、魔法陣は虚しく霧散し、後には何も残らなかった。


『……ヌ?』

 蒼竜が、明らかに困惑したように黄金の目を瞬かせた。

 もう一度魔力を込め、咆哮を上げる。


『出デヨッ!!』


 …………。


 ドーム内には、ただ冷たい風が吹き抜けるだけだった。


 自身の絶対的な権能であるはずの「召喚」が、完全にシステムから拒絶されているのだ。


「悪いな、トカゲ野郎」

 俺は、焦り始めた神話の竜に向かって、ドドンキの袋を揺らしながら言った。


「お前の手駒は、今『存在』そのものを俺の胃袋にしまってある。……3時間は、出てこれねえよ」


『……ナニ……?』

 蒼竜の瞳に、初めて「理解不能なバグ」を見るような、明確な驚愕の色が浮かんだ。


 無限の軍勢というアドバンテージを潰され、ここからは完全に一対一。


「さあ、前座は終わりだ。……次はお前が、俺の筋肉(物理)に付き合う番だぜ」


 究極の脳筋による、システムすら凌駕する反撃が、今始まろうとしていた。


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