魔法の黄色い袋
Bランク魔物での特訓を終え、Aランクダンジョン『蒼鳴の霊峰』へ向かう日の朝。
俺は安アパートの四畳半で、決戦に向けた最終的な「荷造り」と「スキルの棚卸し」を行っていた。
「よし、トラ子。昨日までの特訓で俺が強奪したスキルの総決算を頼む」
「了解しました、マスター。……驚かないでくださいね。この数日間の乱獲により、マスターが魔物から強奪したスキルの総数は『142個』に上ります」
トラ子が空中に投影したホログラムには、ズラリとスキル名が羅列されていた。
「142個!? すげえ! なんだよ、俺ってばいつの間にか超多才なオールラウンダーになってたんじゃないか!」
俺が歓喜の声を上げたのも束の間、トラ子は眼鏡をスッと押し上げ、冷酷な事実を告げた。
「ですが、そのうち『138個』は使用不可能です」
「……は?」
「強奪したスキルの9割以上が、【業火球】や【幻影分身】といった高度な魔法系スキルです。これらの起動には最低でも『知力:100以上』が要求されるため、マスターの【知力:20】では永遠にグレーアウト(使用不可)のままです。つまり、宝の持ち腐れですね」
「……は?」
俺は膝から崩れ落ちた。
138個の有能スキル。
本来なら、国を滅ぼせるレベルの大魔導士になれるはずのラインナップだ。
それが、俺の低すぎる知力(脳みそ)のせいで、ただの「システム上のゴミデータ」と化しているのだ。
「クソがあああッ!! 俺だって手から炎出したり、カッコよく分身したりしてみたいのに!!」
「諦めてください。マスターは拳で風圧を生み出せるのですから、物理で代用可能です」
トラ子の身も蓋もない慰めに涙を拭い、俺は残りの「使える4つのスキル」に目を向けた。
「……で、俺の知力でも使える、物理的なパッシブスキルは何なんだ?」
「はい! 私から説明しますね!」
チアガール姿のエク子が、画面をスワイプして四つのスキルを拡大表示した。
【竜鱗装甲(極)】:物理・魔法ダメージを大幅にカットする。今回でレベルMAXに到達。
【超速再生】:部位欠損すら数秒で修復する。ただし服は直らない。
【猛毒・麻痺無効】:Bランクまでの毒物・麻痺を完全に無効化する。
【空間収納Lv1】:異空間にアイテムを収納・取り出しできる。容量は四畳半程度。
「おお! おい、最後の一つ! これってファンタジーの定番スキルじゃないか!」
「はい! Bランクの『強欲ミミック』から強奪したユニークスキルです! マスターの魔力容量でも発動可能ですよ!」
俺は感動で打ち震えた。
実はこれまで、ドロップ品の魔石や予備の着替えなどは、すべてドドンキの黄色いビニール袋(特大)にパンパンに詰め込んで、片手に提げて持ち歩いていたのだ。
Aランクダンジョンにドドンキの袋をぶら下げていくのは流石に気が引けていたので、これは最高の収穫だった。
空間に手を突っ込んでスッと剣(俺の場合はジャージ)を取り出す。まさに一流の冒険者だ。
「よぉし、早速荷造りだ! 発動しろ、『空間収納』!」
俺がカッコよく虚空に手をかざし、念じた瞬間。
ピカッ、と光ったのは、虚空ではなく――俺の足元に転がっていた、いつもの『黄色いドドンキのビニール袋』だった。
「……ん? あれ? 空間に黒い穴が開かないぞ?」
俺が首を傾げていると、トラ子が冷静に分析結果を告げた。
「マスター。貴方の【知力:20】による魔力制御では、何もない虚空に安定した次元の穴を維持することは不可能です。つまり、エラーが発生しました」
「えっ、じゃあアイテムボックス使えないのか!?」
「いいえ。システムが『マスターの魔力でも安定して空間を繋げられる触媒』を自動検索し、最もマスターと親和性の高い入れ物にスキルを付与しました。
……それが、その黄色いビニール袋です」
トラ子の指差す先には、鈍い魔法のオーラを纏って微かに明滅するドドンキの袋があった。
「ええっと……つまり、この袋の口が『四畳半の亜空間』に繋がっているマジックアイテムになったということです!
袋自体も絶対に破れない破壊不可属性が付きましたよ!」
エク子が元気よくフォローを入れる。
俺は恐る恐る、部屋にあった段ボール箱を黄色いビニール袋に押し込んでみた。
スッ、と。
物理的な体積を完全に無視して、巨大な段ボール箱が薄っぺらいビニール袋の中に吸い込まれて消えた。
しかも、持ってみても重さを全く感じない。
間違いなく、超高性能な【空間収納】の力だ。
だが。
「……いや、待てよ」
俺は、その『四畳半の物資が入る、重さゼロの魔法の黄色い袋』を片手に提げ、姿見の前に立った。
1980円の安物ジャージを着て、ドドンキのビニール袋を提げる男。
「……これじゃ、見た目が今までと全く変わらないじゃないかッ!!」
「機能美ですよ、マスター。素晴らしい偽装です」
「偽装じゃねえ! 俺は手ぶらでスマートにAランクダンジョンを歩きたかったんだよ! これじゃただの『深夜にコンビニへ買い出しに行くフリーター』だろ!!」
ガックリと肩を落とす俺に、トラ子は「見た目など戦術には不要です」と冷たく言い放った。
結局、俺の冒険者としての見栄は、知力20という残酷な現実の前に打ち砕かれたのだ。
「……はぁ。もういい。荷物を詰めるぞ」
俺はヤケクソ気味に、決戦用の物資を黄色い袋に次々と放り込んでいった。
俺はそこに、決戦用の物資を次々と放り込んでいく。
「まずは予備のジャージ(上下1980円)を10着!
これでいつパンイチになっても安心だ!
次にプロテイン大袋3つ!
ミネラルウォーター1箱!
それから……精神干渉対策のストロング系缶チューハイ(9%)を2ダースだ!」
「……マスター。Aランクの死地に赴く装備が、ドドンキの特売品と酒とプロテインだけですか。もう少し、まともなポーションやマジックアイテムという選択肢は」
「トラ子、お前は分かってない。俺の肉体は高級なポーションを飲むより、プロテインを直飲みした方が回復が早いんだ。それに、変なマジックアイテムは俺の例外システムとバグを起こすって、こないだの高級スーツで学んだんだ」
呆れるトラ子をよそに、俺は手際よく四畳半の部屋にあった物資を亜空間へと収納していった。
すべてを飲み込んでも、袋はいつものようにシャカシャカと薄っぺらいままだ。
手ぶらだ。素晴らしい。
これなら両手を完全に空けた状態で、思う存分ドラゴンを殴ることができる。
「準備は完璧だな。……よし」
俺は部屋の片隅に置かれた、小さな写真立てを手に取った。
そこに写っているのは、病院のベッドで眠る前の、元気だった頃の美桜の笑顔だ。
「……」
ふざけた装備に、ふざけたアイテムボックス。
だが、俺の根底にある目的だけは、たった一つもブレていない。
期限は迫っている。
一億の維持費はまどかのおかげで稼げる目処は立ったが、根本的な治療にはあのトカゲ野郎が持つ奇跡の霊薬が絶対に必要だ。
「……待ってろよ、美桜。全部終わらせてやる」
俺は写真の妹に静かに誓い、ドドンキのジャージのジッパーを首元までしっかりと引き上げた。
「行くぞ、エク子、トラ子。俺たちの最強の脳筋戦法で、Aランクの常識をぶち壊してやる」
「はいっ! 全力でサポートします、マスター!」
「……ええ。私の完璧な演算に、貴方の理不尽な暴力を乗せれば、神話の竜とて例外ではありません。存分に暴れてください」
二つのAIの力強い返事を背に受け、俺は『魔法の黄色いビニール袋』を片手に提げて、安アパートのドアを開け放った。
向かう先は、新宿地下の最深部。
国が厳重に封鎖する絶対の死地――Aランクゲート『蒼鳴の霊峰』だ。




