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特訓の果てに


 Bランクの狩場もいよいよ大詰めを迎えていた。

 薄暗い第7エリアの深緑地帯。


 湿気を帯びた重い空気と、むせ返るような腐葉土の匂いが立ち込める巨大樹の森を、凄まじい地響きが揺らしていた。


「――マスター。前方より大型の魔力反応。Bランク最上位『タイタン・ボア』です。全長30メートル、体重推定500トン。時速80キロでこちらへ突進中」


 脳内で、トラ子が極めて冷静に状況を告げる。

 時速80キロ。

 数字だけ聞けば自動車程度の速度だが、それが500トンの生きた質量を伴っているとなれば話は別だ。


 バキィィッ! と、樹齢数百年はあろうかという大木が飴細工のようにへし折られ、濛々と巻き上がる土煙の中から、鋼鉄の鱗を持った巨大な猪が姿を現した。


 まるで制御不能に陥った巨大なダンプカーが、周辺を削りながら迫ってくるような絶望的な光景だ。

「よし。トラ子、あのデカブツの突進を真正面から受け止めた場合、俺のこのドドンキのジャージ(1980円)が破れる確率は?」


「……計算中。マスターの現在の【耐久】ステータスと、衝撃を逃がすための最適な姿勢制御スタンスを実行した場合、ジャージの繊維にかかる負荷はギリギリ許容範囲内です」


「上等だ。エク子!」

「はいはーい! マスター、いっちょ派手にぶっ飛ばしちゃってください!」


 二つのAIの頼もしいサポートを受け、俺は逃げるどころか、足幅を広く取り、腰を深く落として両腕を前に構えた。


「重心をさらに数センチ左へ。膝の角度は45度。

……来ます」

『シャァァァァァァッ!!』

 タイタン・ボアが俺を丸呑みにしようと、巨大な顎を開いて迫る。


 次の瞬間、俺の両手は、突っ込んできた巨大蛇の硬い鼻面をガッチリと捉えた。

 ――ドゴォォォォォォォンッ!!


 激突。

 凄まじい衝撃波が周囲の森を円状に吹き飛ばし、足元の腐葉土が爆発したように舞い上がる。

 500トンの運動エネルギーは、いくら俺の規格外のステータスであっても、完全にその場で静止させることは不可能だった。


「ぐおおおおおッ……!!」

 ズザザザザザザザッ!!

 俺の履いている安物のスニーカーが地面に深く食い込み、まるで農耕トラクターのよう分厚い土塊を削り飛ばしながら、後方へと引きずられていく。


 五メートル、十メートル。

 靴底が摩擦で焼け焦げる匂いが立ち昇り、太ももの筋肉がミシミシと悲鳴を上げる。

 だが、俺の「姿勢」は完全に保たれていた。


 トラ子の完璧な演算によって衝撃は両腕から背中、そして下半身へと綺麗に逃がされ、ジャージの生地を破ることもなく、ついに十五メートルほど後退したところで、500トンの巨体の突進を完全に殺し切った。


『……ギ、ヂ……!?』

 完全に勢いを止められたタイタン・ボアの巨大な瞳に、明確な「困惑」と「恐怖」が浮かぶ。


 土煙が晴れた後、そこには深く抉れた二本のわだちの先端で、魔物の鼻面を押さえつけたままニヤリと笑う俺の姿があった。


「……ふぅ。流石にちょっと重かったな。だが、受け止めきったぞ」

「お見事です、マスター。500トンの運動エネルギーを己が肉体で減衰・相殺しました。……さあ、反撃を。出力は10%で十分です」


 俺は鼻面を押さえていた左手を離し、右の拳を真っ直ぐに引いた。

「オラァッ!!」


 そのまま、極限まで圧縮した暴力の塊を、タイタン・ボアの眉間へと叩き込む。

 鈍い音と共に、強烈な衝撃波がの巨体を頭から尻尾の先まで一直線に貫き、内側から粉砕した。


 大蛇は悲鳴を上げる間もなく一瞬にして絶命し、やがて光の粒子となって森に霧散する。


『――条件達成。【存在強奪】が発動します』

『――【筋力】(+1)、【耐久】(+1)』

『――【知力】(+0)』

「……よし。これで上がり幅は完全に底を打ったな」


 強奪ステータスが「+1」になったのを見て、俺は抉れた地面から足を抜きながら頷いた。

 Bランクの最上位を倒しても、これ以上劇的な成長は見込めない。


 つまり、俺の肉体はBランクという枠組み(システム)の中で得られる「限界値」に到達したのだ。


 現在のステータス。

【筋力:1998】

【耐久:1851】

【敏捷:1520】

【知力:20】


 相変わらず知力だけは並以下だが、その他の数値はもはや人間のそれではない。


 Aランクのバケモノと正面から殴り合えるだけの、理不尽な暴力の完成形だ。

「エク子、トラ子。……特訓はここまでだ。準備は整った」


「はいっ! いつでもいけますよ、マスター!」

「ええ。マスターの筋力は最高の状態に仕上がっています。

私の演算も完璧です。あとは、あの巨大なトカゲを調理するだけです」


 俺は二人のAIの頼もしい返事を聞き、ジャージの埃を払った。

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