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筋肉の真価と、ツンデレAIの完璧なるサポート(特訓編③)


 Bランク魔物がひしめく第6エリア『幻影の迷宮』。

 蒼竜討伐へ向けた特訓の最終段階として、俺はここで厄介な特性を持つ魔物たちを相手に千本ノックを続けていた。


「シィッ!」

 俺の右フックが空を切り、空中の残像を虚しく殴り飛ばしたが、肝心のターゲットには掠りもしない。


『グルァァァッ!』

「チッ、またハズレか!」


 俺を嘲笑うように鳴き声を上げたのは、Bランク上位の魔物『ファントム・パンサー』。


 漆黒の毛並みを持つ巨大な豹の魔物だが、こいつの厄介なところは「魔力によって自身の幻影デコイを常に数体作り出し、本体の気配を完全に同化させる」という点だった。


 おまけに素早い。俺のステータス自体は勝っているはずなのだが、幻影に惑わされて手数が分散してしまうため、致命傷を与えられずにいたのだ。


「マスター! あそこです、右から来ます! ああっ、やっぱり左のやつです! ……ええい、面倒です! マスター、まとめて攻撃出来ませんか?!

いっそのこと空間ごと衝撃波で潰しちゃいましょう!」


 エク子が、ヤケクソ気味なアドバイス(という名の破壊工作)を叫ぶ。

「バカ言え! 出来るか!!出来てもそんなことしたら、またこのジャージの布地が衝撃波に耐えきれなくて消し飛ぶだろ! もう換えがないんだよ!」


「服より命です! さあ、レッツアタックです!」

「い、や、だ!!」


 脳筋AIの極端な提案を却下し、俺が四体のファントム・パンサーに囲まれてジリ貧になりかけた、その時だった。


『――状況の泥沼化を確認。エク子先輩のシステム権限を一時ミュート。戦術支援AIが戦況をコントロールします』


 突如、エク子の声がプツンと途切れ、代わりに氷のように冷たく、理知的なトラ子の声が脳内に響いた。


「おいトラ子、何をする気だ? こいつ、幻影が入り混じっててどれが本物か……」

「マスター。視覚情報に頼るから騙されるのです。貴方の脳では、高度な幻影魔法を看破することは不可能です。思考を停止し、私の指示にのみ従ってください」


 トラ子は淡々と、だが絶対の自信を持って言い放った。

「私の演算能力は、現在マスターの筋力をリソースとして稼働しています。

右の大胸筋と上腕三頭筋の余剰スペックを並列処理に回し……敵の筋肉の微細な駆動音、迷宮内の空気の乱れ、幻影が床を踏まないという物理的矛盾、そのすべてをすでに計算済みです」


「……右の大胸筋が計算してるのか。なんか胸のあたりがピクピクすると思ったら」


 俺が感心している間にも、視界にオーバーレイ表示されたトラ子のホログラムが、眼鏡をスッと押し上げる。


「マスター。貴方の視界の『右斜め前、何もない空間』に、赤いターゲットマーカーを投影しました。見えますか?」


「ああ。だが、そこには幻影すらいないぞ。完全に虚空だ」

「問題ありません。敵は現在、三つの幻影を囮にしてマスターの背後から跳躍し、死角から頸動脈を狙う軌道に入りました。……マスターは振り返る必要はありません。ただ、私がカウント・ゼロと言った瞬間に、その虚空のマーカー印へ向かって『左の裏拳』を放ってください。出力は45%で十分です」


 完全に「見えない敵」に対する、意味不明な方向への攻撃指示。

 だが、その声の絶対的な理に、俺の身体は自然と反応していた。

「――3(スリー)」

「――2(ツー)」

「――1(ワン)」

「――0(ゼロ)。『撃滅デリート』」

 トラ子の無機質な号令と同時に。


 俺は背後を一切見ず、右斜め前の何もない虚空のマーカー印に向かって、コンパクトな左の裏拳を叩き込んだ。

 ゴチャァァァァッ!!


『――――ギ、ギャアァァァァァッ!?』

 凄まじい手応えと、骨が砕ける生々しい音。

 信じられないことに、俺が裏拳を放ったその「位置」と「タイミング」に、背後から跳躍してきたはずのファントム・パンサーの本体が、自ら顔面をぶつけにくる形で激突したのだ。


 トラ子の予測した「敵の跳躍軌道」と「俺の攻撃モーションの時間」、さらに「俺が背後を見ずに腕を振り抜く角度」。


 それらすべてがコンマ一秒、ミリ単位の狂いもなく合致した、まさに『完璧なるカウンター』だった。


 脳天を粉砕されたファントム・パンサーの本体は、断末魔を上げて地面に叩きつけられ、周囲の幻影もノイズのように掻き消えた。


 直後、魔物は光の粒子となってダンジョンに霧散する。

『――条件達成。【存在強奪】が発動します』

『――【敏捷】(+6)、【知力】(+0)』

「す、すげえ……!!」


 俺は自分の左拳と、魔物が消えた空間を交互に見つめ、歓喜の声を上げた。

「トラ子、お前スゲエな! なんだ今の、敵が自分から俺の拳に当たりに来たみたいだったぞ! エク子の『とりあえず全部壊す』とは大違いだ!」


『……ミュート解除しました! …むぅ、マスター、私の悪口言いました?言いましたよね!?』


 エク子がギャーギャー騒ぐのを無視して、俺はトラ子の的確すぎる戦術眼を手放しで称賛した。


 これだ。この「頭脳」があれば、知力20の俺でも、Aランクの複雑な魔法や戦術に対応できる。

「ふん。……当然です。私の演算能力をもってすれば、この程度の獣の思考を読むなど造作もありません」


 視界の端で、トラ子は腕を組み、ツンと顔を背けた。

 だが、その声はどこか誇らしげで、ホログラムの頬がほんのわずかに赤いような気がした。


「べ、別にマスターのために本気で計算したわけではありません。私のメインサーバーである貴方の大胸筋や広背筋に、獣の爪痕がつくのがシステム上許容できなかっただけです。勘違いしないでください」


「おお、筋肉への愛だな! わかってるよ、トラ子!」

 ツンデレな言い訳をスルーして俺がサムズアップすると、トラ子は「はぁ……やはり知力20ですね」と呆れたようにため息をついた。


 だが、そのアイスブルーの瞳には、先ほどまでの冷徹さとは違う、どこか柔らかな光が宿っていた。


「……まぁ、貴方のその『素直に指示通り動く』という点だけは、評価してあげましょう。私の完璧な計算も、それを寸分狂わず実行できる貴方の理不尽な身体能力スペックがあってこそですから」


「おう、任せろ。お前が線を引いて、俺がそこを殴る。最高のコンビだな!」

「……ええ。悪くありません」


 エク子が「ズルいです! 私のマスターですよ!」と騒ぐ中、俺とトラ子は確かな信頼関係を築き上げていた。


 圧倒的な物理UIのエク子と、完璧な戦術支援のトラ子。

 二つのAI(と、バカみたいな筋肉)を手に入れた俺に、もはや死角はない。


「よし、この調子でガンガン狩りまくって、ステータスを限界まで仕上げるぞ! 待ってろよ蒼竜、俺とAI娘たちのフルコースを味あわせてやる!」


 特級エリクサー奪取に向けた特訓は、最高のサポートAIの加入により、かつてないほどの効率と安定感で最終局面に突入していった。

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