ギルドの危機9
司令塔であるマキナのコアを暴食で喰い千切り、残された全ての機体を停止させた俺は、両手に黒炎と黄金のオーラを燻らせたまま獅堂を見据えた。
周囲には、機能を停止した無数のマキナと、解放されて安堵に崩れ落ちるギルドの冒険者たち。
形勢は完全に逆転した。これでもう、人質を盾にされることもない。
「……さて。手駒のガラクタは全部停止状態だぜ、獅堂」
俺は、一歩、また一歩と、白銀の軍服を纏うGenesis『朱雀隊』隊長へと距離を詰める。
「てめえらのお花畑な理想に、俺の日常を巻き込むな。……迷惑料をてめえのその傲慢なツラをぶん殴ってきっちり回収させてもらうぞ」
殺気を全開にして迫る俺に対し、獅堂は額に冷や汗を浮かべながらも、不気味なほど冷静だった。
彼はフリーズしたマキナたちを一度だけ見渡し、そして、やれやれと肩をすくめた。
「……なるほど。ネットワークの根幹を物理的に喰い千切るとは。長官が最も警戒するのも頷ける」
「遺言はそれだけか?」
俺が右の拳を握り込み、踏み込もうとした、まさにその瞬間だった。
「だが、勘違いするなよ結城誠。私に与えられているのは、マキナの指揮権だけではない」
獅堂の眼球が、突如として不気味な『紫色』へと濁った。 同時に、彼の全身から、見覚えのある異質な魔力が、ドロリと溢れ出したのだ。
『――なッ!? マスター、あれはッ!!』
脳内で、スロ子が悲鳴のような声を上げた。 俺も息を呑む。獅堂から放たれた紫色の波動が、ギルドのエントランス全体を、まるで重たい泥水で満たすように包み込んだ。
「……っ!? な、何ですか……これ……っ。体が、鉛みたいに……」
真っ先に膝をついたのは、ヒナだった。 限界まで魔力を使い果たし、気力だけで立っていた彼女の身体から、強制的に『戦意』と『体力』が奪い取られていく。
白銀の長剣がカランと床に落ち、彼女はそのまま糸が切れたように意識を手放した。
「ヒナッ!」
「誠、気をつけて……! この力、ただの重力じゃない……精神そのものを『弛緩』させるみたい、なの……ッ!」
まどかが背中の純白の翼を広げ、【正義】の力で波動を中和しようとする。
だが、その光の翼さえも、紫色の波動に触れた途端にチカチカと明滅し、強制的に出力を落とされていく。
彼女もまた、苦悶の表情を浮かべて床に手をつき、完全に動きを封じられてしまった。
俺の足取りも、泥沼を歩くように重くなる。 間違いない。空間そのものを弛緩させ、対象の能力と認識を強制的に『おやすみ状態』へと引きずり込む、悪魔の力。
「どういうことだ……ッ! なんでてめえが、【怠惰】の大罪スキルを使ってやがるッ!!」
俺は獅堂を睨みつけ、吠えた。
【怠惰】の権能は、俺の中にスロ子として存在している。
現保有者である俺以外の人間が、ましてやGenesisの人間が使えるはずがないのだ。
獅堂は、紫色のオーラを纏いながら、薄気味の悪い笑みを浮かべた。
「……これは、神宮寺長官より与えられし『奇跡の欠片』。長官の崇高な法を執行するための、絶対的な力だ」
そう言いながらも、獅堂の顔色はひどく蒼白だった。俺たちを縛り付ける怠惰の波動を維持するだけで、彼自身の魂が悲鳴を上げているのが分かる。
獅堂は、ギリッと奥歯を噛み締め、俺の放つ圧倒的なプレッシャーを前に、舌打ちをした。
「……だが、この状態でお前を相手にするのは、流石に無理があるな。万に一つでも私がここで死ねば、長官の計画に遅れが生じる」
「逃げる気か、獅堂ォッ!」
俺は怠惰の拘束を強引に引き千切って床を蹴った。 距離はわずか数メートル。俺の黒炎を纏った拳が、獅堂の顔面を捉えようとした――その直前。
「形勢を立て直す。今日のところは、これで失礼しよう」
獅堂の身体から、今度は紫色のオーラではなく、ヘドロのようにドス黒く、腐臭を放つ『緑色の泥』が溢れ出した。
「なっ……!?」
俺の拳は、獅堂の顔面を捉えることなく、そのドス黒い泥の塊を虚しくすり抜けた。
バシャァッ、と。 獅堂の肉体は完全に泥と同化し、床の隙間へと吸い込まれるように溶けていく。 それは、前に嫉妬の男が使っていた、【嫉妬】の権能そのものだった。
「逃がすかッ!!」
俺は床の泥を暴食で喰い千切ろうとしたが、遅かった。泥は一瞬にして蒸発し、魔力の残滓すら残さずに空間から完全に消失してしまったのだ。
「……クソッ!!」
俺の怒号が、静まり返ったギルドに空しく響いた。 マキナの脅威は退け、人質は解放した。
だが、獅堂を取り逃がし、ギルドの半数の人間はすでに部品として連れ去られた後だった。
俺は床に拳を叩きつけ、ギリッと血が出るほど唇を噛み締めた。 その時。
『……おい、マモン。今の、見たか』
精神世界の奥底で静かに事態を観測していたグラオが、重い声で口を開いた。
『ああ。見ておったぞ……最悪の事態じゃ』
グリ子もまた、いつもの尊大な態度は影を潜め、冷や汗を流しているかのような切迫した声で応えた。




