ギルドの危機7
冒険者ギルド本部の扉が、轟音と共に内側へと吹き飛んだ。
「ギルマスッ!!」
瓦礫と粉塵が舞う中、俺は暴食の黒炎を両腕に燻らせたまま、広大なエントランスへと踏み込んだ。
両脇には白銀の長剣を構えたヒナと、純白の翼を広げたまどかが続く。 だが、俺の威嚇の叫びは、ギルド内の異様な光景の前に虚しく吸い込まれていった。
「……遅かったな、結城誠」
静まり返ったロビーの中央。 そこには、Genesis『朱雀隊』の隊長である獅堂が、傲慢な薄笑いを浮かべて立っていた。
彼の背後には、完全に武装解除され、膝をつかされたギルドマスターの姿がある。
そして、俺の視界を埋め尽くしたのは、絶望的な光景だった。 広大なエントランスの床に、数十人の冒険者たちが両手を縛られ、震えながら跪かされていた。
彼らの背後には、外で戦ったものと同じ純白の殺人人形――【マキナ】が立ち、その無機質な腕から展開された高周波ブレードを、寸分の狂いもなく冒険者たちの首筋(頸動脈)へとピタリと押し当てている。
一ミリでも動けば、首が飛ぶ。死の包囲網。
「てめえ……! ギルドの連中をどうする気だッ!」
「どうするも何も、神宮寺長官の決定はすでに下されている。……残念だが、お前が外でガラクタどもと遊んでいる間に、すでに『半数』のCランク以下の冒険者たちは、マキナを製造するための特別施設へと移送されたよ」
「なんだと……ッ!?」
獅堂は、まるで倉庫の在庫管理でも報告するかのような、平坦で冷酷な声で続けた。
「彼らは社会のゴミではない。長官の崇高な理想を実現するための『貴重な資源』として再利用されるのだ。それは喜ばしいことだろう? ……そして、今ここに残っている残り半分のゴミどもは、結城誠を大人しくさせるための【人質】というわけだ」
獅堂が指を鳴らすと、冒険者たちの首に当てられたマキナのブレードが微かに振動し、数人の首筋からツツーッと一筋の血が流れた。
「ひっ……!」
「ゆ、結城さん……助けて……」
恐怖に顔を引き攣らせ、涙を流す雨宮さん。俺の心臓の奥底で、強欲の怒りがマグマのように沸騰する。今すぐこの場を蹂躙し、獅堂の胸ぐらを掴んで引き裂いてやりたい。
だが――動けない。俺の足は、床に縫い付けられたようにピクリとも動かすことができなかった。
(クソッ……!)
俺の身体能力とヒナの神速、まどかの力あれば、一瞬で三体、いや五体のマキナを同時に破壊することはできるだろう。
だが、人質は数十人いる。 そして、マキナという存在は、痛みも恐怖も持たない『人形』だ。
俺たちが下手に動いて一体でもマキナを破壊した瞬間、獅堂の命令を受信した残りの機体は、一切の躊躇なく、同時に全員の首を刎ねる。
人間の反射神経では絶対に間に合わない、人形の絶対的な処理速度。 ここで俺が動けば、人質の命は確実に終わる。
「ハッ、賢明な判断だな結城誠。お前のその下品な黒い炎を出せばどうなるか……サルでも理解できるだろう?」
獅堂が、愉快そうに肩を揺らして笑う。
(クソ、どうする……どうすればいい!?)
俺は奥歯を噛み砕かんばかりにギリギリと鳴らしながら、必死に思考を回転させた。 人質を解放したい。
それだけじゃない、マキナの胸で赤く脈打っている、すでにコアにされてしまった連中の魂も、救い出したい。
犠牲なんて一つも出したくない。全員助ける。それが俺の日常への【強欲】だ。
だが、手立てがない。どんなに力があろうと、物理的な距離という壁の前では、俺の力はあまりにも無力だった。
『――愚か者め。何を迷っておる』
焦燥に脳を焼かれる俺の精神世界の奥底に、大罪の悪魔、グリ子の冷ややかな声が響いた。
『お主、まさかその首に刃を当てられている者たちと、すでに【マキナ】のコアに成り果てた者たちの魂……その『両方』を救おうなどと考えておるわけではあるまいな?』
(当たり前だ! どっちも俺の大事なギルドの仲間だ! 見捨てられるわけねえだろ!)
『……傲慢なことじゃ』
グリ子は、心底呆れたような、ひどく冷酷なため息をついた。
『よいか、よく聞け。先ほどからあのマキナという機械の魔力構造を視ておったが……あの赤いコアは【非可逆】じゃ。人間の魂の概念を一度完全にドロドロに融解し、機械を動かすための純粋な魔力回路として再構築されておる』
(非可逆……? それって、つまり……)
『人間の姿に戻すことは、絶対に不可能ということじゃ。お主がどれほど強欲に足掻こうとも、あのコアにされた時点で、彼らは『人としては完全に死んでおる』のだ』
グリ子の宣告は、あまりにも残酷な真実だった。 外の広場で倒した百体のマキナ。俺はコアを傷つけないように四肢だけを壊した。
だが、あれは無意味だったのだ。彼らはすでに、二度と笑うことも、酒を飲むこともできない『部品』として死んでいたと言うことだ。
『外での戦いもそうじゃったが、お主は優しすぎる。……この局面、両方を救おうなどという甘い幻想は捨てよ。【非情】になれ。すでに死んだ者を徹底的に破壊し尽くす覚悟を持たねば、今生きているその者たちの命すら守れんぞ』
非情になれ。 死んだ仲間を、部品として完全に切り捨てろ。 それが、大罪の悪魔としての極めて合理的で、正しい判断だった。
俺は、うつむき、前髪で表情を隠した。 静まり返るロビー。獅堂の嘲笑う視線。ヒナとまどかの、俺の指示を待つ緊迫した呼吸。
(……非情になれ、か)
俺は、ゆっくりと顔を上げた。 俺の瞳には、絶望も、諦めもなかった。あるのは、ただ底知れぬほどドス黒い、執念の炎だけだ。
(断る。……俺は、生きている奴らも、死んだ奴らの魂も、全員残らず救い出す。誰一人として、神宮寺のクソみたいなルールの犠牲にはさせねえ)




