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【存在強奪】 ~やけくそでダンジョンに素手特攻したら、存在もスキルもステータスも奪える能力に目覚めました~  作者: 仁科異邦


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暴食との遭遇

(日向ヒナside)

 オレンジ色に染まっていた空が、徐々に藍色の夜闇へと沈みかけていた。


 新宿駅を離れ、人通りの少ない裏通りを、日向ヒナはとぼとぼと肩を落として歩いていた。

「はぁ……また、すれ違っちゃった……」


 銀色のポニーテールが、主人の気分を代弁するように力なく揺れている。


 改札を強行突破し、なりふり構わずホームまでダッシュしたものの、結城誠を乗せた電車は無情にも彼女の目の前で発車してしまった。


窓越しに目があったあの瞬間の、完全に「赤の他人」を見るような彼の目が、ヒナの胸をチクチクと刺している。


「でも、落ち込んでる暇なんてないわ。匂いのデータは完璧にアップデートできたんだから。次は絶対に、偶然を装ってアタックするんだから……っ!」


 ヒナは両手でパンッと頬を叩き、気合を入れ直した。

 天才剣士であり、Aランク冒険者である彼女の辞書に「諦める」という文字はない。


 一度狙った獲物ターゲットは、地の果てまで追いかけてでも手に入れる。

 次はどうやってアプローチしよう……。


 彼の乗っていった電車の路線から自宅の最寄り駅を割り出し、朝の出勤(?)のタイミングを狙って食パンを咥えながら角でぶつかるという王道パターンも悪くない。


 いや、いっそ雨の日に捨て猫のダンボールの隣にダンボールを用意してそこに入って待ち伏せるというのも……。


 ヒナがブツブツと呟きながら、ピンク色に染まった作戦会議に夢中になっていた、その時だった。


 ――ドンッ。

「あっ、きゃっ……!」

 前方不注意。

 考え事に夢中になっていたヒナは、曲がり角から不意に現れた『何か』に正面からぶつかり、よろけて尻餅をついてしまった。


「おっと。大丈夫かい、お嬢ちゃん」

 頭上から、ひどく間延びした、ねっとりとした声が降ってきた。


 ヒナが顔を上げると、そこには見上げるほどの巨体を持った『大男』が立っていた。


 身長は二メートルを優に超えているだろう。丸太のような太い腕に、不自然なほど横に広がった分厚い胴体。


 サイズの合っていないスーツを無理やり着込んでいるような、ひどくアンバランスで異様な風体だった。


「す、すみません、私の方こそ前を見ていなくて……っ!?」


 ヒナが立ち上がりながら謝罪の言葉を口にしようとした、その瞬間だった。

 ――ビリビリッ!!!!


 ヒナのスキル【超感覚】と、長年の戦闘経験が培ってきた【最上級の危機察知】が、かつてないほどの最大音量で脳内に警鐘を鳴らした。


 背筋に氷柱を突き立てられたような悪寒が走る。  

 獄炎の地下神殿で死にかけた時以上の、純粋で、底知れぬ『死の気配』だった。


「……あなたは、誰?」

 ヒナは瞬時に臨戦態勢に入り、無意識のうちに腰の長剣の柄に手をかけていた。


 目の前の男からは、魔力も、闘気も感じない。

 それなのに、生物としての絶対的な格付けが、本能レベルで「こいつからは逃げろ」と叫んでいるのだ。


「僕かい?」

 大男は、ヒナの警戒を気にする様子もなく、顔の半分ほどもある巨大な口を三日月の形に歪めて笑った。


「僕はそうだなぁ。強いて言うなら……『美食家』とでも言おうか」

「美食、家……?」


「そう。美味しいものが大好きな、ただの食いしん坊さ。……ところで、お嬢ちゃん」


 大男――NULLの幹部『暴食』は、細く糸のように細めた目をヒナに向け、ゆっくりと首を傾げた。


「君は、『結城誠』という男を知ってるかい?」

 その名前が出た瞬間、ヒナの心臓がドクンッ、と大きく跳ねた。


 普段の彼女であれば、「知ってます! むしろこれから、細胞の隅々までもっと知りたいんですぅっ!」と身を乗り出して語り出すところだ。


 だが、今目の前にいるこの異常な大男に、彼の情報を渡してはいけない。

 ヒナの直感が、彼と誠との間にあるドス黒い因縁のようなものを察知していた。


「……いいえ。誰ですか、それ。知りません」


 ヒナは極力表情を殺し、冷たい声でそう答えながら、ジリッと一歩だけ距離を取った。


「そっかぁ。知らないなら仕方ないね」

 大男はあっさりと引き下がるように見せかけて。


 次の瞬間、ヒナの視界がブレるほどの速度で、彼女の鼻先数センチの距離まで音もなく肉薄してきた。


「――まぁ、そんなに警戒しないでよ。これからは僕の胃袋の中で、ずっと『一緒』になるんだからサァ」


「っ!?」


「君、本当は結城誠のこと、知ってるよねぇ? さっき新宿のホームで、あんな大声で彼の名前を叫んで泣いてたんだから。……僕が見逃すと思ってた?」


 大男の言葉に、ヒナの顔から完全に血の気が引いた。


 新宿駅のホームでの出来事。

 それを知っているということは、この男は最初から自分を、あるいは結城誠をマークして監視していたということだ。


「来ないでください……! それ以上近づいたら、斬りますよッ!」


 ヒナは一気に警戒レベルを最大に引き上げ、腰の長剣を抜刀した。


 月明かりを反射して、業物の刃が鋭く光る。

「おぉ、怖い怖い。お嬢ちゃん、剣士だったんだね」


 大男はゲラゲラと下品に笑いながら、両手を広げてみせた。

「でぇもぉ。そんなナマクラじゃ、僕は斬れないよ?」

(相手は隙だらけ……! どんな化け物か知らないけど、魔法を撃たれる前に一瞬で制圧する!)


 ヒナは大地を蹴り、音速の踏み込みで大男の懐へと飛び込んだ。

 狙うは首筋。

 峰打ちなどという手加減はしない。

 相手が何者であれ、確実に動きを止めるための必殺の太刀筋。


 銀色の閃光が、大男の太い首を捉えた。

 ――ガチィンッ!!!!


「なっ……!?」


 剣の切っ先が大男の皮膚に触れる寸前。

 空間に突如として現れた六角形の半透明な『見えない壁』に、ヒナの全力の斬撃が完全に弾き返されていた。

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