すれ違い2
「おいおい、引っ張るなよ……。まあ、美桜がそっちがいいなら別に構わないけどさ」
俺は苦笑いしながら、妹に手を引かれるままに歩き出した。
美桜が何をそこまで警戒したのかは分からないが、難病を乗り越えた妹の頼みだ。
少し遠回りになるくらい、どうということはない。
俺たち四人は、楽しげに雑談を再開させながら、ヒナが待ち構える交差点からどんどん遠ざかっていったのだった。
◆
その頃。
「…………あれぇ?」
日向ヒナは、交差点の曲がり角で、完全に一人で取り残されていた。
『運命の衝突』を果たすために飛び出してから、すでに10分が経過している。
しかし、結城誠の姿は一向に現れない。
「お、おかしいわね……。私の計算なら、もうとっくにぶつかってるはずなのに……」
ヒナは周囲をキョロキョロと見回すが、やはりジャージの姿はない。
(もしかして、歩くペースがゆっくりだったのかしら? 美桜ちゃん……妹さんも一緒にいたみたいだし、歩幅を合わせているのかも)
ヒナは自分を納得させ、再び電柱の陰へと戻り、息を潜めて待ち続けた。
……さらに、10分経過。
「……まだ来ないわね」
ヒナの額に、微かな汗が滲み始める。
いくらなんでも遅すぎる。
ファミレスの出口からこの交差点までは、大人の足なら三分もかからない距離だ。
何かトラブルに巻き込まれたのだろうか?
……さらに、10分経過。
待ち始めてから、計30分が経過した。
「……っ!!」
不意に、ヒナの顔から、完全に血の気が引いた。
彼女の脳内で、とんでもない飛躍を遂げた『最悪のシナリオ』が展開し始める。
(来ない……。こんなに来ないなんて、絶対におかしいわ! ま、まさか……結城さん、悪い人たちに連れ去られたんじゃ!?)
普通の思考回路であれば、「彼が九州で悪魔を素手で粉砕した」という事実と、「チンピラに連れ去られる」という事象は絶対に両立しないと気づくはずだ。
だが、完全に恋は盲目に陥っているヒナの脳内では、『愛しの結城さんが、悪の秘密組織(NULLなど)に睡眠ガスを嗅がされて拉致された』という、B級映画のようなピンチの状況がリアルに再生されていた。
「だ、ダメよ……っ! 誠さんが危ない! 今すぐ助けに行かなきゃ!!」
ヒナはパニックに陥りながら、再びAランクスキル【超感覚】を全開にして、スンッ! スンッ! と必死に周囲の空気を嗅ぎ回った。
「どこ!? 誠さんの匂いはどこ……ッ!」
嗅覚を極限まで引き上げ、周囲の雑多な排気ガスや食べ物の匂いを排除し、あの『特売洗剤と強者のオーラ』の匂いだけを抽出する。 すると。
「……えっ?」
ヒナは、鼻をヒクつかせたまま、背後を振り返った。
結城誠の匂いの痕跡は、ファミレスを出た後、ヒナが待っている東口方面のルートではなく、完全に『反対側の南口方面』へと向かって、ハッキリと薄く伸びていたのだ。
「は、はんたい……がわ……?」
ヒナは呆然とその光の糸のような匂いの痕跡を見つめた。
誘拐されたわけではないし、迷子になったわけでもない。
ただ単純に、彼らが【最初から反対側の道を選んで帰っていただけ】という、あまりにも残酷な真実に気づいてしまったのだ。
「うそ……でしょ……?」
自分がこの30分間、電柱の陰で一人で「きゃっ☆」とか言いながらぶつかる練習をしていたのは、いったい何だったのか。
あのピンク色に染まった最高のシミュレーションは、すべて独り相撲だったというのか。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 誠さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
ヒナは頭を抱えて絶叫すると、南口方面に向かって猛烈なダッシュを開始した。
Aランク冒険者の本気の全力疾走である。
彼女の身体は文字通り銀色の残像となり、通行人の間を縫うようにして、新宿の街を弾丸のような速度で駆け抜けていく。
(間に合って……! まだ駅のホームにいるかもしれない! 今度こそ、今度こそ絶対に声をかけるんだからぁぁぁぁっ!!)
◆
「それじゃあ葵さん、しずくさん! またねー!」 「はい、美桜ちゃんも気をつけて。誠さんも、またギルドでお会いしましょうね!」
「ああ、お前らも無理するなよ」
新宿駅の南口改札前。
俺と美桜は、ここで葵としずくの二人と別れた。
二人を見送った後、俺と美桜はICカードを改札にタッチし、ホームへと降りていった。
「お兄ちゃん、今日は楽しかったね! パフェも美味しかったし!」
「そうだな。お前が元気になって、こうして一緒に歩けるようになったのが一番嬉しいよ」
「えへへ……。これからも、ずっと一緒にお出かけしようね!」
美桜が俺の腕にギュッと抱きついてくる。
俺たちはちょうどホームに入ってきた快速電車に乗り込み、ドア横のスペースに並んで立った。
プシューッ、という音と共に、無機質な車内アナウンスが響く。
『ドアが閉まります。ご注意ください』
その、直前だった。
「――っ、まこっ……結城さぁぁぁぁぁぁぁんッッ!!!」
新宿駅の構内に、悲痛な、そして凄まじい声量の少女の絶叫が響き渡った。
なんか書いてて怖くなってきた……。




