追跡者とパフェ
その頃。
ファミレスの入っているビルの外、新宿の交差点にて。
一人の美しい少女――日向ヒナが、人混みの中で電柱の陰に隠れ、スンッ、スンッ、と真剣な顔で空気を嗅いでいた。
「……匂いが、強くなってきた。絶対に近い。このビルのどこかに、結城さんがいる……っ!」
ヒナの瞳は、もはや獲物を追い詰めた肉食獣のそれに完全に成り果てていた。
ギルド本部で逃げられた後、彼女はスキル【超感覚】の嗅覚を限界まで研ぎ澄まし、微かに残る「特売洗剤と強者のオーラ」の匂いの痕跡を、文字通り這いつくばるようにして追跡してきたのだ。
「ああ……誠さんの匂い……。嗅いでるだけで、身体が熱くなってきちゃう……っ」
ヒナは自分の両腕を抱きしめ、頬を紅潮させて身悶えしていた。
「どうしよう……。このまま見つけたら、どうやって声をかけよう……。
普通に『ギルドで見かけました!』なんて言ったら、ストーカーみたいに思われちゃうかもしれないし……」
(※注:すでに立派なストーカーである)
ヒナの脳内で、再びピンク色に染まった凄まじい妄想の歯車が高速回転を始める。
(そうだわ! 偶然を装うのよ! ありきたりだけど、曲がり角でぶつかるのが一番自然で、しかも運命的じゃない!)
ヒナは電柱の陰で、一人でブツブツとシミュレーションを開始する。
(私がこのビルの角を曲がった瞬間、結城さんとドンッてぶつかるの。
あっ、いけない! って私がバランスを崩して倒れそうになったところを、結城さんのあの強くて逞しい腕が、私の腰をグッて抱き寄せてくれるのよ……!)
「きゃあっ……ごめんなさい、私ったらおっちょこちょいで……あっ、結城さん!?
奇遇ですね、こんなところで……運命、かしら……?」
一人で二役をこなしながら、誰もいない空間に向かって腰をくねらせるヒナ。
周囲を通行する人々が、ヤバいものを見るような目で彼女を避けて通っていくが、ヒナの耳にはもう結城誠の幻のイケボしか聞こえていなかった。
(そして、見つめ合う二人。結城さんは私の瞳に吸い込まれるように、ゆっくりと顔を近づけてきて……『怪我はないか、ヒナ』って……あぁんっ! ダメ、私、そんなことされたら、道端でも溶けちゃう……っ!)
「ふふっ……ふふふふふっ……待っていてくださいね、誠さん。今、私が最高の運命の出会いを、物理的に演出してあげますから……!」
ヒナは完全に焦点の定まらない目でヨダレを拭うと、匂いの発生源であるファミレスの入り口がある曲がり角へ向かって、スキップを踏むような足取りで忍び寄っていった。
◆
一方、ファミレスの店内。
俺と美桜、そして葵としずくの四人が座るボックス席に、店員が巨大なワゴンを押してやってきた。
「お待たせいたしましたー! 当店名物、ジャンボパフェ『マウンテン・アイスクリーム・フルーツサンデー』でございます!」
ドンッ!! という鈍い音と共にテーブルの中央に鎮座したのは、どう見てもファミリー向けのサイズ感を完全にバグらせた、高さ五十センチは下らない巨大な氷山の如きパフェだった。
ジョッキのような巨大グラスの中に、何層にも重なったコーンフレーク、十種類以上のフルーツ、そしてソフトクリームがこれでもかと天高くそびえ立っている。
「う、うわぁぁぁぁっ! すごい!! 本当に山みたい!」
さっきまで葵たちを牽制していた美桜の目が純粋な子供のようにキラキラと輝き始めた。
「ちょっと待って、食べる前に絶対写真撮らなきゃ!」
美桜は慌てて自分のスマートフォンを取り出すと、巨大なパフェを様々な角度からパシャパシャと連写し始めた。
「うーん、パフェだけじゃ大きさが伝わらないな……。あ、そうだ!」
美桜は立ち上がると、俺の隣にピタリとくっついて座り直した。そして、俺の腕にギュッと抱きつきながら、スマートフォンのインカメラを構える。
「はい、お兄ちゃん笑ってー! 葵さんたちも、後ろでピースしてくださーい!」
「えっ? あ、はいっ!」
「お、おい、俺はいいだろ……」
「ダメ! 記念なんだから! はい、チーズ!」
カシャッ、と軽快なシャッター音が鳴る。
画面には、満面の笑みで俺の腕に抱きつく美桜と、面倒くさそうに顔をしかめる俺、その後ろで遠慮がちにピースをする葵としずくの姿がバッチリ収まっていた。
葵たちに見せつけるようにベッタリとくっついて撮るあたり、美桜の牽制はまだ終わっていないらしい。
「えへへ、すっごくよく撮れた! これ、あとでお母さんにも送ってあげよっと」
美桜はホクホク顔でスマートフォンをしまい、それからようやく長いパフェ用のスプーンを手に取った。
俺は苦笑いしながら、彼女にパフェを譲る。
「ほら、溶ける前に食っていいぞ。倒さないように気をつけろよ」
「うんっ! いただきまーす!」
美桜が嬉しそうにパフェの頂上のイチゴに食らいつく。
その様子を微笑ましく見守りながら、俺は葵としずくに向き直った。




