ギルド本部、過去の精算3
「ちょうどいい。今日の支部長会議で、貴様を厳しく追求する予定だった議題がある」
片桐マスターは、床に這いつくばる支部長を冷たく見下ろして言った。
「最近、関東支部では冒険者の負傷率が前年比で300%も増加している。
さらに、質の低下によるクエストの失敗、そして有能な中堅・ベテラン冒険者たちの『他支部ギルドへの大量転籍』など、目に余る事態が連発しているのはなぜだ?」
「そ、それは……! 最近のダンジョンの活性化が原因で……」
「言い訳は聞かん! すでに本部の監査部が調査を済ませている!」
ギルマスの怒声がロビーに響き渡り、周囲の他の支部長たちも青ざめて一歩後ずさった。
「その問題が顕著になり始めたのは、数ヶ月前。……そう、貴様がそこにいる結城誠くんを、リストラした直後からだ!」
「な……っ」
関東支部長が、息を呑んで絶句した。
「結城くんは事務員として、冒険者一人一人の適性や体調を細かく把握し、危険なダンジョンの事前調査データの作成、初心者への支給品の手配など、裏で完璧な安全管理を行っていた!
現場の冒険者たちからの信頼も絶大だったんだ!」
ギルマスは、俺の顔を見やりながら深く頷いた。
「結城くんが懇意にしていた中堅冒険者たちは、彼が理不尽に解雇されたことを知り、『関東支部は汚職まみれで、現場の命を軽視している。もう信用できない』と、軒並み他の支部へと移籍していったんだよ!
貴様は、コストカットと称して自分のボーナスを増やすために、関東支部の『本当の要』を切り捨てたんだ!」
「ち、違います! それは後任の担当者の理解不足で……! 私はきちんと指示を出して……!」
苦し紛れに責任を部下に押し付けようとする支部長。
その浅ましい言葉が、ギルマスの逆鱗に完全に触れた。
「上に立つ者としての責任すら、他人に押し付けるかッ!!」
ギルマスの怒号が、雷のようにロビーを震わせた。
「貴様は支部長に相応しくない! いや、ギルドの職員としての資格すらない!
現場で命を張る冒険者たちを、そして彼らを裏で支える事務員たちを、貴様はただの数字としか見ていなかった!」
「ギ、ギルドマスター……! お、お待ちください、私は……!」
「黙れ。私はギルドマスターとしての権限において、貴様をこの場をもって関東支部長の任から解任する。
……地方の資材管理庫へ左遷だ。そこで一生、ダンジョンの石ころの数を数えて過ごすがいい」
「あ、あ、ああ……」
片桐マスターの無慈悲な宣告に、元・関東支部長は完全に血の気を失い、骨の砕けた右手を抱えたままその場に崩れ落ちた。
彼がこれまで築き上げてきた地位も、権力も、金も、すべてがこの瞬間に灰に帰したのだ。
周囲で様子を窺っていた他の支部長たちも、ギルマスの圧倒的な威厳と、腐敗を絶対に許さない冷徹な裁きを前にして、誰一人として擁護の声を上げることはできなかった。
「……結城。不快な思いをさせてすまなかったな」
ギルマスが、荒げた息を整えながら俺に向かって頭を下げた。
俺は「気にしてませんよ」と肩をすくめ、床で廃人のようになっている男を見下ろした。
適性ゼロ、無能。
そう呼ばれ、絶望の底に突き落とされたあの日。
だが、そのどん底から這い上がり、理不尽をぶっ壊す力を得た今の俺にとって、この男の末路はあまりにも呆気なく、そして哀れだった。
「おい」
俺が低く呼びかけると、元・支部長がビクッと肩を震わせ、すがるような目で俺を見上げた。
許してくれ。助けてくれ。そう言いたげな情けない瞳。
だが、俺はそんな彼に向かって、冷たく、はっきりと言い放った。
「じゃあな。お前の顔は、二度と見たくない」
その言葉を最後に、俺は踵を返し、美桜の元へと歩き出した。
――俺を絶望に突き落とした過去の因縁は、こうして完全に精算された。
♦︎
「お兄ちゃん……! 大丈夫だった!? 殴られたのに、どうして痛くないの!?」
美桜が、涙目で俺の頬をペタペタと触ってくる。
「だから言っただろ、お兄ちゃんは頑丈なんだよ。ジャージの防具効果が凄いんだって」
「もう、意味わかんないよ……。でも、よかった……」
俺は美桜の頭をポンと撫で、苦笑いしながら片桐マスターへと向き直った。
「ギルマス、挨拶がてら来たんですが、なんか会議の邪魔しちゃったみたいですみません。
俺たちはこれで帰りますよ」
「ああ、構わない。君のおかげで、ギルドの膿を一つ出し切ることができた。
……君には、本当に感謝してもしきれないよ」
「よしてくださいよ。俺はただの冒険者ですから」
俺はギルマスに軽く手を上げ、美桜を連れてエントランスへと向かった。
振り返ることはない。
後ろで崩れ落ちているかつての因縁も、これから世界で巻き起こるであろうNULLの陰謀も。
俺が守るべきものは、この隣で笑っている妹との、当たり前の日常だけだ。
「ねえお兄ちゃん、この後どこ行く?
せっかく新宿来たんだから、美味しいパフェ食べに行きたいな!」
「パフェか。いいぞ。特盛のやつ頼んでやるよ」
「えぇ、そんなに食べれないよ……」
俺たちは新宿の眩しい太陽の下へと歩き出した。
理不尽をぶっ壊す俺のな成り上がりは、まだ終わらない。
だが今は、ほんの少しだけ、この穏やかな平和を満喫することにしよう。




