ギルド本部、過去の精算2
「ギルマス、昨日はどうもありがとうございました。」
俺は関東支部長を完全に無視して、その背後から歩いてきたギルドマスター・片桐豪に向かって真っ直ぐに声をかけた。
「おお、結城! 雨宮君から連絡は受けた。
退院して真っ直ぐ来てくれたのか。
(と言うかよくマスコミにバレずに帰れたな……。)
……体調はもう良いのか?」
「ええ、おかげさまで。妹を連れてきたんで、少し顔だけ見せようかと思って」
俺とギルマスが親しげに言葉を交わした瞬間、関東支部長の顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まった。
自分がクビにした底辺の事務員が、あろうことか自分を完全に無視し、本来、雲の上の存在であるギルドマスターと対等に話しているのだ。
彼のちっぽけなプライドが、それを許容できるはずがなかった。
「ふ、ふざけるなァッ!!」
関東支部長が激昂し、俺の胸ぐらを思い切り掴み上げた。
「何様のつもりだ、この底辺のゴミがッ!
ギルドマスターに馴れ馴れしく口を利くなど、お前のような無能に許されるはずが――」
「……何をしている、支部長」
ギルマスの声が、氷のように冷たく低く響いた。
だが、怒りで頭に血が上った関東支部長の耳には、その警告は届いていなかった。
「お前は私がクビにしたんだ! 私の靴を舐めて許しを請うのがお前の役目だろうが!!」
支部長が俺の胸ぐらを掴んだまま、唾を飛ばして恫喝してくる。
俺は、掴まれている特売ジャージの胸元を冷ややかに見下ろし、そして、ゆっくりと支部長の目を真っ直ぐに見据えた。
「……確かに、あんたは俺の意見も聞かずに、一方的に俺をリストラした」
「ッ……!」
俺の静かな声に、一瞬だけ支部長が気圧されたように言葉を止める。
「あの時は、本当に絶望したよ。何もかもがどん底ですべてを奪われた。あんたを恨んだし、理不尽を呪った」
俺は淡々と、しかし確かな感情を込めて言葉を紡ぐ。
「だがな。あんたが俺をリストラしてくれたおかげで……俺は『強くなる力』を拾うことができた。そして、妹の命を助けることができたんだ」
「な、何を言っている……!?」
「だがお礼は言わない。
正直、あんたへの恨みはもう俺の中にはない。
……あんたみたいなどうしようもなくちっぽけな理不尽は、今の俺の人生にはもう必要ないからだ。
だから二度と、俺と俺の家族に関わらないでくれ」
俺は意図的に、嘲笑するような皮肉の笑みを浮かべて言い放った。
それは、権力を振りかざすことしかできないこの男にとって、最大の屈辱だった。
「キサマァァァァァッ!! 舐めるなァッ!!」
完全に理性を失った関東支部長が、胸ぐらを掴んでいない方の右拳を大きく振りかぶり、俺の顔面めがけて全力で殴りかかってきた。
「結城!」
「お兄ちゃん!」
片桐マスターと美桜の声が重なる。
だが、俺は避けることも、防御することもなかった。
――ドゴォッ!!
鈍い音がロビーに響き渡る。
支部長の渾身の右ストレートが、俺の頬にクリーンヒットした。
……が。
「……ぁ?」
俺の顔は、一ミリたりとも横に揺れていなかった。
一方で、俺を殴りつけた関東支部長の顔が、みるみるうちに青ざめ、苦痛に歪んでいく。
「ギャァァァァァ!!??」
支部長が自らの右手を押さえて、ロビーの床にうずくまって絶叫した。
無理もない。 今の俺のステータスは、人の域を超えているのだ。
ただのおっさんの拳で殴られたところで、蚊が鉄骨に頭突きをするようなものだ。
彼の右手の指の骨は、俺の顔面に当たった瞬間にすべて砕けていた。
「……ったく、痛くも痒くもねえな」
俺がジャージの襟を正してため息をつくと、ギルマスが慌てて駆け寄ってきた。
「結城! 大丈夫か!? 怪我は……いや、君に限ってそれはないか」
「ええ。問題ないですよ、ギルマス」
「お、お兄ちゃん……!?」
美桜が駆け寄ってきて俺の頬を心配そうに撫でるが、傷一つどころか、赤くすらなっていないのを見てポカンとしている。
「イ、イィィィッ……! 手が、私の手がァッ……!」
床をのたうち回る関東支部長。
彼は痛みに顔を歪めながら、信じられないものを見るように俺とギルマスを交互に見上げた。
「な、なぜだ……! なぜギルドマスターが、こんな無能な男の味方をする!?
私は関東支部のトップだぞ!? こんなクズを庇う理由がどこにあるッ!」
その見苦しい喚き声を聞き、片桐マスターの瞳に、かつてないほどの激しい『怒気』が宿った。
ギルドトップであり、元Sランク冒険者でもあるギルマスの放つ威圧感に、ロビーの空気がビリビリと凍りつく。
「庇う理由だと?……貴様のような無能に、それを説明する義理はない」
結城誠が九州を救った英雄であることはわギルド内でも極秘のトップシークレットだ。
ここでそれを大っぴらにするわけにはいかない。
だが、片桐マスターは別の角度から、冷酷に彼を追い詰めた。




