ギルド本部、過去の精算1
雲一つない青空が広がる、東京・新宿。
高層ビル群が立ち並ぶその中心に、一際異彩を放つ巨大な建造物がそびえ立っている。
ガラス張りの外壁は太陽の光を反射して輝き、入り口には厳重なセキュリティゲートと、重装備の警備員たちが並んでいる。
ここが、日本のダンジョン行政と冒険者たちを統括する中枢――『日本探索者ギルド本部』である。
「うわぁ……! すごい、お兄ちゃん! これがギルドの本部!?」
隣を歩く美桜が、首が痛くなるほど空を見上げながら目を輝かせていた。
病気でベッドの上で過ごしていた彼女にとって、新宿の喧騒や見上げるような摩天楼の風景は、新鮮に映るのだろう。
はしゃぐ妹の姿を見て、俺の口元にも自然と笑みがこぼれた。
「まあな。でも俺はここの上層階じゃなくて、裏方の事務や護衛をやってるだけだからな。あんまり期待するなよ」
「それでもすごいよ! こんな立派なところで働いてるなんて、私、お兄ちゃんのこと見直しちゃった!」
美桜は嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。 俺は少し照れくさくなりながら、「ほら、行くぞ」と彼女を促してギルド本部の自動ドアをくぐった。
広大なエントランスロビーは、ホテルのような高級感のある大理石で覆われており、多数の冒険者やギルド職員が忙しそうに行き交っていた。
俺は美桜を邪魔にならないロビーのソファに案内した。
「ちょっとここで待っててくれ。俺は、上司に挨拶してくるから」
「うん、わかった! ちゃんと大人しくしてるね」
美桜がちょこんとソファに座るのを確認し、俺は受付カウンターへと向かった。
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カウンターには、以前から顔見知りの受付嬢、雨宮さんが立っていた。
「あ、結城さん! お久しぶりです」
俺の顔を見るなり、雨宮さんがパッと明るい笑顔を見せた。
「お疲れ様です、雨宮さん。少し片桐ギルドマスターに報告したいことがあって来たんですが、いらっしゃいますか?」
「片桐ギルドマスターですね。……ええと」
雨宮さんは手元のタブレットを操作し、少し申し訳なさそうな顔をした。
「すみません、マスターは現在、全国の支部長を集めた『定例支部長会議』の真っ最中でして。
あと一時間ほどは会議室から出られないかと……」
「ああ、そういうタイミングでしたか。アポ無しで来た俺が悪かったです」
「あ、でも!」
引き返そうとした俺を、雨宮さんが引き止める。
「ちょうどもう少しで、三十分間の休憩に入る時間です。
その時なら、マスターが会議室から出てこられるかもしれません。ロビーでお待ちいただきますか?」
「そうですね、分かりました。
妹もいるし、のんびり待たせてもらいますよ」
「はい! マスターには私から、結城さんがお待ちだとメッセージを送っておきますね」
雨宮さんに軽く頭を下げ、俺は美桜の待つソファへと戻ろうと踵を返した。
その時だった。 エントランスの奥にある、VIPや上層部専用の専用エレベーターの扉が静かに開いた。
そこから、高級なスーツに身を包み、いかにも権力者といった顔つきの中年男性たちが数人、ぞろぞろとロビーのカフェスペースへと歩いてきた。
どうやら、雨宮さんの言っていた支部長会議の『休憩』に入ったらしい。
俺は面倒な連中と関わらないよう、少し端を歩いて通り抜けようとした。
だが……。
「……ん? おい、お前……」
すれ違いざまに、支部長の集団の中から、一人の恰幅の良い男が立ち止まり、俺を指差した。
脂肪で膨れ上がった腹、高そうな腕時計。
そして、他者を見下すような傲慢な目。
その顔を見た瞬間、俺の足がピタリと止まり、心臓の奥で冷たい怒りがチリッと音を立てた。
(……関東支部長)
俺を冒険者協会から一方的にリストラした張本人。
彼にとっては、俺はただのコストカットの対象であり、「適性ゼロの無能」に過ぎなかった。
俺がどれだけギルドの裏方として汗水流して働いてきたかなど、この男は一度も評価したことはなかった。
「お前……確か、結城とかいう名前の事務員だったな? なぜお前がギルドの本部にいる?」
関東支部長は、汚いものでも見るような目で俺をジロジロと見下ろした。
俺がジャージを着ているのが、さらに彼のカンに障ったらしい。
「お前は数ヶ月前に、この私直々にクビを言い渡したはずだろう?
……ハッ、そうか。さてはまだ前の仕事が諦めきれずに、本部に再就職の泣きつきにでも来たのか?」
支部長の言葉に、周囲にいた他の支部長たちも下品な笑い声を上げた。
「おいおい、関東支部長。そんなみすぼらしい男を雇っていたのか?」
「いやこいつは冒険者適性ゼロの無能だったんだ。
ギルドの経費の無駄なので、私が英断を下して人員整理してやったのさ。
しかし、まさか本部にまで未練たらしく顔を出すとは……底辺のゴキブリはしぶといな」
大声で俺を嘲笑する関東支部長。
ロビーにいた他の冒険者や職員たちが、何事かとこちらに視線を向けてくる。
ソファの方を見ると、美桜が心配そうな顔で立ち上がりかけていた。俺は彼女に向けて、目で『大丈夫だ、座ってろ』と合図を送った。
『マスター。対象個体から明確な敵意と侮蔑を観測。
しかし脅威度は完全にゼロです。
アリの噛みつき以下の物理エネルギーしか有していません』
『なんじゃこの豚は。わらわが頭から丸かじりしてやろうか?
いや、不味そうじゃからやめておくがな。主、こんな奴さっさと吹き飛ばしてしまえ』
脳内でトラ子とグリ子がそれぞれの反応を見せる。
確かに、今の俺の力を持ってすれば、この男など指先一つで肉塊に変えることができる。
だが、俺は微塵も表情を変えることなく、ただ静かに深呼吸をした。
(……不思議なもんだな)
クビを宣告されたあの日、俺はこの男を殺してやりたいとすら思った。
絶望し、世の不条理を呪った。
だが今、実際に目の前に立ってみると、この男があまりにも『小さく』見えた。
悪魔公爵が放つ絶望的なプレッシャーや、暗黒龍世界の脅威に比べれば、この男の放つ悪意など、ただの子供の癇癪に等しい。
「……無視か? おい、聞こえないのか無能!」
俺が何も答えないことに苛立ったのか、関東支部長が声を荒らげた。
だがその時、エレベーターの奥から、見慣れたパリッとしたスーツ姿の男が足早に歩いてくるのが見えた。




