帰還とハンバーグ2
それからしばらくして、リビングに美味しそうなハンバーグの匂いが立ち込めた。
「はーい、お待たせ! 美桜特製、栄養満点ハンバーグだよ!」
食卓に並べられたのは、俺の顔くらいありそうな巨大なハンバーグが三つ。
デミグラスソースの香りが食欲を強烈に刺激する。
「おっ、すげえボリュームだな。いただきます!」
俺は早速箸を伸ばし、一口大に切ったハンバーグを口に放り込んだ。
肉汁が口いっぱいに広がり、玉ねぎの甘みがそれを引き立てる。
「うまっ! これ、店出せるぞ美桜!」
「えへへ、でしょ? お兄ちゃんのために、ちょっと奮発してお肉いいやつ買ったんだから」
俺たち家族三人は、久しぶりの温かい食卓を囲んだ。
母さんは、俺が美味しそうに食べる姿を見て、安堵したように何度も頷いている。
「でも、誠……。本当に大丈夫なの? ジャージの襟元から、包帯がぐるぐる巻きになってるのが見えるけど……」
母さんが、心配そうに俺の首元を指差した。 隠していたつもりだったが、やっぱりバレていたらしい。
「ああ、これか。大したことないよ。ギルドの医者が大袈裟でさ、念のためにってぐるぐる巻きにされただけ。傷自体はもう塞がってるんだ」
「ほんとに? 無理してない?」
「大丈夫だって。ほら、この通り腕もグルグル回るし」
俺が包帯だらけの腕を回してみせると、母さんは「もう、無茶ばっかり……」と呆れたようにため息をついた。
「あ、そういえば」
ふと、ハンバーグをモグモグと頬張っていた美桜が、箸を止めて俺を見た。
「さっきのニュースでやってた、『謎のジャージの冒険者』って……」
美桜の言葉に、俺の背筋に嫌な汗が伝った。
「もしかして……お兄ちゃんだよね?」
「ブフォッ!?」
俺は思わず口の中のハンバーグを吹き出しそうになった。
必死に咳き込みながら、お茶を流し込む。
「な、何言ってんだよ! 違う違う! 人違いに決まってんだろ!」
「えー? だって、お兄ちゃんいつもそのジャージ着てるし。九州に行ってたタイミングもバッチリ重なってるし」
「に、日本中探せば、特売ジャージ着てる冒険者なんていくらでもいるだろ!
俺なんかただの護衛の事務員崩れだぞ? 悪魔なんて倒せるわけないって!」
俺がしどろもどろになりながら必死に否定すると、美桜はじとーっとした半目で俺を見つめた。
「ふーん……。まあ、いいけど」
「な、なんだよその目は」
「だって、お兄ちゃんがそんなに強いヒーローなら、もっとちゃんとしたカッコいい服着るもんね。ジャージで世界救うとか、ダサすぎるし」
「……うぐっ」
俺は思わぬ方向からのダメージを食らい、言葉を詰まらせた。
グリ子が脳内で『ほれ見ろ、わらわがいつも言っておるであろうが』と勝ち誇ったように笑っている。
「ま、そういうことにしておいてあげる。……それよりお兄ちゃん、しばらくはこっち(東京)にいるの?」
「ああ、その予定だ。しばらくは大きな仕事も入ってないし、ゆっくり休むつもりだよ」
京都ギルドでの俺の役目は、事実上終わったようなものだ。
ギルマスも、俺の存在が表沙汰にならないよう、しばらくは俺を最前線から遠ざけて休養扱いにしてくれているはずだ。
「わかった! じゃあ明日は、お出かけに行こう!」
美桜が、パッと花が咲いたような笑顔で提案してきた。
「お出かけ? いいぞ。どこに行きたいんだ? 遊園地か? それとも映画とか?」
「うーん……」
美桜は少し考える素振りを見せ、やがて悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「私、お兄ちゃんの『職場』見てみたいな」
「……職場?」 「うん! ギルドの本部だっけ? お兄ちゃんが普段どんな場所で働いてるのか、いっぺん見ておきたいなって思って」
美桜の提案に、俺は少し拍子抜けした。 ギルドなんて、ただの無機質なオフィスと、冒険者たちがたむろする殺伐としたロビーがあるだけだ。
観光で行くような場所ではない。
だが、俺がリストラされてからギルドの護衛員(という建前)に復職するまで、美桜にはずっと心配をかけてきた。
俺がちゃんと『真っ当な場所』で働いていると自分の目で見て安心したいのかもしれない。
「ギルドか。まあ、見学くらいなら一般人も入れるし、特に問題はないか。いいぞ」
「やったー! 楽しみ!」
美桜は両手を上げて喜んだ。
「それじゃあ、明日は朝から行くか。しっかり寝ておけよ」
「うんっ!」
美桜の無邪気な笑顔を見て、俺の心の中にあった最後の強張りも、完全に解けていくのを感じた。
俺はただのリストラされたおっさんだ。
神の力だの、悪魔だの、世界を裏から操る管理者だの、そんな壮大な話は俺の人生には似合わない。
明日も、明後日も、こんな他愛のない日常が続いていく。
そのための平穏を守れるなら、俺はどんな理不尽な力でも喜んでぶっ壊してやる。
俺は残りのハンバーグを平らげながら、明日の妹との平和な『職場見学』に思いを馳せていた。
だが、この時の俺はまだ知る由もなかったのだ。
その平和な日常の裏側で、すでに『新たなる大罪の影』が、音もなく東京の街に忍び寄っていたことを。




