表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【存在強奪】 ~やけくそでダンジョンに素手特攻したら、存在もスキルもステータスも奪える能力に目覚めました~  作者: 仁科異邦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

226/244

原初の蛇


 ――場所は変わり、現実世界から遠く離れた『異界』。

 人間の魂の奥底、無意識の集合が形作る概念宇宙の最深部。


 そこは、果てしなく続く『泥の海』があった。

 赤黒く濁り、ブクブクと泡立つ粘体の海。

 誰かが誰かを羨む心。

 他者の成功を妬み、引きずり下ろそうとする醜い感情。

 持たざる者が持つ者へ向ける、底なしの悪意。


 そうした世界中の人間から発せられる「嫉妬」の感情が、雨のように降り注ぎ、生まれては消え、生まれては消えを繰り返す空間。

 これまでは、この海の底に鎮座する『嫉妬のシステムコア』が、その莫大な負のエネルギーを吸収し、世界への影響を最小限に抑えるための「循環装置」として機能していた。


 大罪のコアとは、システムが用意した偽りの器であり、暴走を防ぐための巨大な『重石』だったのだ。


 だが、今。

 阿蘇での戦いによって、結城誠の【慈善】の極光がシステムコアを完全に粉砕したことで、その重石は消滅した。


 行き場を失った莫大な嫉妬のエネルギーが、循環されることなく泥の海に滞留し、どす黒い渦を巻き始める。

 限界を超えた負の感情の重圧が、海の底のさらに奥深く――システムが意図的に隠蔽し、何百年もの間封じ込めていた『次元の檻』を、メリメリと軋ませていた。


『……ァ……』

 泥の海の底。

 光すら届かない絶対の暗闇の中で、それはゆっくりと目蓋を開いた。


 鈍色に輝く、爬虫類のような巨大な縦長の瞳孔。

 それが一つ、また一つと暗闇に浮かび上がる。

『……封印が、消えた……?』


 地鳴りのような、あるいは深海から響くような、重く冷たい声が異界を震わせた。

 システムが構築される遥か昔。

 この世界がまだ一つの混沌であった時代から存在する、原初の悪魔。

 偽りの器であるシステムコアではなく、大罪『嫉妬』という概念そのものが受肉した、真なる絶望の化身。


 ズズズズズズズッ……!!

 泥の海が真っ二つに割れた。

 深淵から姿を現したのは、山脈ほどもある巨大な『蛇』だった。

 漆黒の鱗は一つ一つが強固な盾のようであり、その巨体はとぐろを巻くだけで空間の次元を歪ませている。


 その名は『蛇』。

 またの名を、原初の海を統べる水竜――リヴァイアサン。


『……忌々しい白衣の偽神どもが作り上げた、陳腐な封印システム……。

我らから力を奪い、あまつさえ我々の力の一部を『大罪スキル』などという玩具に変えて矮小な器に押し込めていた、あの忌まわしきコアが……砕け散ったというのか』


 リヴァイアサンは巨大な鎌首をもたげ、空の無い異界の上空を見上げた。

 彼の知覚は、遥か彼方の現実世界で起きた事象を、そして純白の空間で慌てふためく管理者たちの姿を、すべて正確に理解していた。


『……人間。結城誠、と呼んだか。あの小さき者が、我々を縛り付けていた鎖の一つを断ち切ったのだな』


 リヴァイアサンの巨大な体が光に包まれ、圧縮されていく。

 山脈ほどの巨体が急速に縮み、やがて泥の海の上に降り立ったのは、一人の『人間』の姿をした存在だった。


 艶やかな黒髪に、透き通るような白い肌。

 性別を超越したような妖艶な美しさを持つその姿は、一見すると美しい人間の若者のようだが、その瞳だけは、底知れぬ嫉妬と悪意を湛えた黄金色の蛇の目のままだった。


「……長かった。本当に、長きにわたる微睡みであった」

 人型をとったリヴァイアサンは、自らの手を見つめ、陶酔したように笑みを浮かべた。


 背中から伸びる漆黒のオーラが、泥の海のエネルギーを次々と吸収し、彼に果てしない力を供給していく。


 システムコアという中継地点を失ったことで、世界中の嫉妬の感情は、すべてこの原初の悪魔へと直接流れ込むようになっていたのだ。


「偽神どもは、この世界を美しく、秩序だったものにしようとした。……だが、それは欺瞞だ」


 リヴァイアサンは、虚空に向けて静かに語りかける。


「人間とは、他者を妬み、蹴落とし、自らの欲を満たすために醜く争う生き物。

それこそが生命の真の姿であり、真理。

……システムという名の檻で無理やり本性を抑え込み、レベルや階位という嘘の数字で優劣をつけた偽りの世界など、なんの価値もない」


 彼の脳裏に、かつて共に世界を統べていた同胞たちの姿が浮かぶ。

 そして、その頂点に君臨していた、最も偉大なる王――セプテム。

「……セプテム。我が同胞よ。あなたの悲願は、決して潰えはしない」


 リヴァイアサンは泥の海を歩き出した。

 彼が歩みを進めるたびに、異界の空間がヒビ割れ、現実世界への干渉が強まっていく。


「システムを破壊し、偽りの秩序を灰に帰す。すべての魂を原初の混沌へと還し、この歪んだ世界を正しく『再生』させ、救済を与えよう」


 結城誠が破壊したのは、悪魔公爵という脅威だけではなかった。

 システムが世界の裏側に隠していた、真なる絶望の封印。

それを解き放ってしまったのだ。  


原初の蛇は、世界を終わらせるための毒牙を研ぎ澄まし、深い泥の底から現実世界へと、その冷酷な瞳を向けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ