極光の蹂躙
――純白の彗星が、阿蘇の空を駆けた。
悪魔公爵ヴァレフォールの四つの瞳は、俺の突撃を完全に捉え損ねていた。
先ほどまでは、俺のステータス。完全にコピーし、悪魔の動体視力を上乗せすることで俺の動きを「止まって見える」とすら豪語していたはずのヤツが、だ。
「き、消え……た……!?」
ヴァレフォールが焦燥に駆られ、首を巡らせた直後。
ヤツの視界のど真ん中、鼻先わずか数センチの距離に、純白の極光を纏った俺の姿が『最初からそこにいた』かのように出現した。
「遅いって言っただろ、トカゲ野郎」
俺の声が鼓膜を震わせるよりも早く、極限まで圧縮した俺の右拳が、悪魔の分厚い胸板めがけて深々と突き刺さった。
――ドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!
阿蘇の大気が悲鳴を上げ、空間そのものがひび割れるようなすさまじい破裂音。
俺の拳が触れた瞬間、ヴァレフォールの巨体を覆っていた強固な魔力障壁も、鋼鉄より硬いとされる悪魔の鱗も、そしてヤツが誇っていた防御力も。
すべてがあっけなくブチ破られた。
「ガ、アァァァァァァァッ!!??」
ヴァレフォールの背中から、極太の衝撃波が円錐状に突き抜ける。
その余波だけで、遥か後方にそびえ立っていた連峰の山頂が綺麗に消し飛んだ。
悪魔公爵の巨体が、くの字に折れ曲がったまま後方へと吹き飛ばされる。
いや、吹き飛ぶことすら俺は許さなかった。 俺はヤツが弾き飛ばされるよりも早く、さらに踏み込んでヤツの巨大な角を鷲掴みにした。
「逃がさねえよ。テメェがさっき俺にやったこと、きっちり十倍にして返してやる」
「グ、ォォォォッ!? 離せ、下等生物がァッ!!」
ヴァレフォールが狂乱し、至近距離から極大の黒炎を俺の顔面めがけて放つ。
だが、そのすべてを焼き尽くすはずの地獄の炎は、俺を包み込む純白のオーラに触れた瞬間、ジュワッという情けない音を立てて『浄化』され霧散した。
「な、に……!?」
「ほらよッ!!」
俺は角を掴んだまま、悪魔公爵の巨体を空中で軽々と振り回し、そのまま真下の大地めがけて全力で叩きつけた。
ズガァァァァァァンッ!!!!
大地が爆発し、計測不能なほどの局地的な揺れが発生する。
カルデラ全域が激しく揺れ、地割れが走り、マグマが噴き出す。
「ガ、ハァッ……! バ、バカな……! 我のステータスは、貴様と完全に同等……いや、それ以上のはず……!」
陥没したクレーターの底で、全身の骨を砕かれたヴァレフォールが血反吐を吐きながら絶叫した。
「それは前の話だって言っただろ」
俺はゆっくりと地上へ降り立ち、ひしゃげた悪魔を見下ろした。
「ならば、もう一度だ! その異常なまでの力、我が『嫉妬』でもう一度喰らい尽くしてくれる!!」
ヴァレフォールの四つの瞳が、憎悪と執念にドス黒く濁る。
ヤツの全身から再び『嫉妬の泥』が溢れ出し、俺の放っている純白の極光を解析し、コピーし、己の力として上乗せしようと泥の触手を伸ばしてきた。
俺はそれを避けることなく、ただ静かに見下ろした。
「【能力嫉妬】!! 貴様のその力、我のモノとなれェェッ!!」
泥の触手が俺の純白のオーラに触れ、その莫大な数値を悪魔の体内へと還元しようとした、その瞬間だった。
『ギ、ギィィィィィィッ!?』
ヴァレフォール自身の胸の奥底――『嫉妬』の権能を司る大罪のコアが、突如として悲鳴のような駆動音を上げた。
コピーしようと伸ばした泥の触手が、まるで聖水に触れた吸血鬼のように、ボロボロと崩れ落ちて灰と化していく。
「な、なんだこれは!? 何が起きている!? なぜ、コピーできない!?」
ヴァレフォールが混乱し、自らの腕を掻きむしる。
「テメェに、この力がパクれるわけねえだろ」
俺は冷たく言い放った。
大罪スキル【嫉妬】。それは他者が持つものを妬み、引きずり下ろし、奪い取る力。
対して、今俺を包み込んでいるこの純白の光は、美徳スキル【慈善】から強制解放された力。
――他者のために、自らの存在すらも投げ打つ『自己犠牲』の極光。
自分の利益のためだけに他者から奪い続ける『嫉妬』の概念が、自分を削ってでも他者に与えようとする『慈善』の概念を、理解し、コピーできるはずがないのだ。
無理にコピーしようとすれば、相反する概念同士が衝突し、システムがクラッシュする。
「ア、ガァァァァァッ!! 我の、我の権能が……燃える!? 泥が、浄化されていくッ!?」
ヴァレフォールの体内から、嫉妬の泥が蒸発していく。 純白の光の前では、悪意の泥などただのシミに過ぎなかった。
だが。
「……ッ、ガハッ!」
俺の口から、突如として赤黒い血の塊が吐き出された。
吐き出した血は、純白のオーラに触れて一瞬で蒸発するが、俺の肉体の内側で、かつてないほどの『激痛』が荒れ狂い始めていた。
(こ、これが……エク子の言ってた『代償』か……ッ!)
全身の細胞という細胞が、沸騰した油の中に放り込まれたように熱く、痛い。
筋肉が千切れる音、骨にヒビが入る音が、自分の体内から聞こえてくる。
本来の器を完全に無視して、強引にステータスを10倍に引き上げているのだ。俺の肉体そのものが、この規格外の出力に耐えきれず、内側から崩壊を始めている。
強制解放されている自動修復機能が、崩壊していく細胞を端から無理やり繋ぎ止めているだけだ。
修復と破壊が体内で同時に進行し、俺の神経をかき混ぜている。
(長くは持たない……ッ! あと一撃。この一撃で、全部終わらせる!)
視界が明滅し、意識が遠のきそうになるのを、俺は奥歯を噛み砕くほどの気力で繋ぎ止めた。




