新たなる危機
同じ頃、京都。
半壊したホテル最上階の会場には、重苦しい空気が漂っていた。
エンヴィーの襲撃によって魔力を根こそぎ奪われた全国のギルドマスターたちは、床に座り込み、支給された魔力回復薬を飲みながら荒い息を吐いている。
俺は壁際で腕を組み、ただ黙って天井の穴から見える夜空を睨みつけていた。
天道さんを救出することはできた。
だが、彼女の心に深い傷を残したまま、張本人のエンヴィーは逃亡し、俺はマスターたちの護衛のためにこの場から動くことができない。
俺の心臓の奥底では、行き場を失った怒りの炎が、苛立ちと共にチリチリと燃え続けていた。
「結城……すまんな。お前一人に、我々の命を預ける形になってしまって」
ギルマスが、青白い顔で俺の横へと歩み寄り、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「気にしないでください。護衛として雇われた以上、当然の仕事ですから」
俺は感情を押し殺し、淡々と答えた。
エンヴィーは逃げたが、NULLの別働隊がいつ仕掛けてくるか分からない以上、俺がここを離れるわけにはいかなかった。
だが、その張り詰めた静寂を破るように、連盟のオペレーターが血相を変えて通信機を放り投げた。
「そ、総裁! 大変です! 緊急事態です!!」 「騒々しいぞ。今度は一体何だ!」
連盟総裁が声を荒らげる。
オペレーターの男は、恐怖に顔を引き攣らせ、震える声で叫んだ。
「きゅ、九州エリアの阿蘇ダンジョンにて、ダンジョンコアの臨界反応を観測! ま、魔素濃度が測定不能なレベルまで跳ね上がっています!
これは……過去最大規模の迷宮氾濫です!」
「なんだと!?」
「さらに、観測データの波長から……地下より、公爵級の悪魔が地上へ向かって急速に浮上していることが確認されました!
その魔力波長に、先ほどこの会場を襲撃した『ドス黒い泥』と同質の呪いが混ざっているとの報告です!」
その報告を聞いた瞬間、会場にいたすべてのギルドマスターたちが絶望に顔を染めた。
公爵級の悪魔が率いるスタンピード。
通常であれば、Sランクギルドが複数集まり、国の総力を挙げて対処しなければならない未曾有の国難だ。
しかも、それに大罪の呪いが乗っているとなれば、通常の軍隊や冒険者では触れることすらできずに全滅する。
「九州のギルドはどうなっている! 迎撃部隊は!?」
「だ、駄目です! この会議のために、九州のトップ層は全員この京都に出払っています!
現地に残っている戦力では、最初の波すら防ぎきれません! このままでは……数時間以内に九州全土が火の海になります!」
オペレーターの悲鳴のような報告に、九州管轄のギルドマスターが「ああっ……!」とその場に崩れ落ちた。
他のマスターたちも、絶望のあまり言葉を失っている。
今の彼らには、立ち上がって魔法を放つ魔力すら残されていないのだから。
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図と化す会場の中で。
「……なるほどな」
俺は、組んでいた腕をゆっくりと解き、バキバキと首を鳴らした。 大罪の呪いを持った悪魔……おそらく、あの逃げた三流手品師の差し金か、嫌がらせだろう。
どちらにせよ、俺の心の中に渦巻いていたドス黒い苛立ちをぶつけるには、これ以上ないほど『最高に都合のいいサンドバッグ』だった。
「……ギルマス」
俺は、呆然としているギルマスの方へと振り返った。
「ゆ、結城……?」
「ここの護衛ですが、先ほど京都本部の防衛部隊が外周の再配置を完了したと聞きました」
俺がそう告げると、片桐マスターはハッとして目を見開いた。
「ま、まさかお前……行く気か!? 九州だぞ!? ここから数百キロも離れている! 転移ゲートも無い状況で、どうやって――」
「ちょっと、走っていきます」
「は、走る……!?」
マスターが理解不能な言葉を聞いたように目を剥く。
「ちょうどいいんですよ。今の俺、ちょっと……いや、かなりイライラしてて、憂い晴らし(サンドバッグ)が欲しかったところなんで」
俺の心臓の奥で、怒りの炎が爆発的な勢いで燃え上がる。
天道さんをあんな目に遭わせた『嫉妬』の野郎、どんな状況か分からないが、それを背負った悪魔が九州で暴れようとしているなら、そいつの理不尽ごと、俺の理不尽で正面から粉砕してやる。
「マスターたちには、あとで京都の美味しい湯豆腐でもご馳走してください。……夕飯までには、終わらせて戻ります」
俺は半壊して外と繋がったホテルの壁際へと歩み寄った。
「お、おい! 結城! 待て!」
ギルマスの制止の声を背中で聞き流し、俺は深く腰を落とした。
――ダンッ!!!!
床が爆発したかのような轟音が響いた。
俺の足元にあった分厚いコンクリートが粉々に吹き飛び、最上階の床面がすり鉢状に陥没する。
反動で跳ね上がった俺の身体は、瞬きする間もなく音の壁を突破し、京都の夜空へと大砲のように撃ち出された。
「ば、化け物……」
後方で、誰かがポツリと漏らした呟きは、俺の耳に届く前に暴風の中へと掻き消えていった。
眼下には、光り輝く街の夜景が高速で後ろへと流れていく。
俺は空気を蹴りつけ、さらなる加速をかけながら、一路、火の海になりかけている九州・阿蘇へと一直線に弾丸のように飛び続けた。
前話修正しておりますので、よろしければそちらからご覧頂けると幸いです。
主人公はスカイウォークみたいなこともできる様になったみたいです。




