全国ギルド会議にて2
「本日の議題は大きく分けて二つ。まずは、皆の管轄地域における『ダンジョンの異常活発化』についての状況確認。
そしてもう一つは、近年裏社会で急速に台頭し、我々の脅威となりつつある謎の組織『NULL』への対応についてだ」
総裁の言葉に、円卓のギルドマスターたちの表情が険しくなる。
「では早速、各地方からの現状報告を願いたい。まずは北海道支部、頼む」
「はっ」
北海道の巨大ギルドを束ねる、冷徹そうな女性マスターが立ち上がった。
彼女の背後には、氷の魔力を帯びた杖を持つ護衛が控えている。
「北海道エリアの現状ですが、極めて憂慮すべき事態が進行しております。
管轄下にある四つのBランクダンジョンにおいて、魔素の濃度が過去十年の平均値の三倍に跳ね上がっています。
それに伴い、出現する魔物のランクが平均して一段階引き上げられており、従来の攻略マニュアルが全く通用しなくなっています」
女性マスターの報告に、会場がざわめいた。
「さらに深刻なのは、ダンジョンコアの『異常振動』です」
彼女は手元の端末を操作し、円卓の中央にホログラムのデータを投影した。
「ダンジョンが外部へ向けて不規則な魔力波を放っています。これは、過去の文献に残されている『広域迷宮氾濫』の前兆と酷似しています。
もしこのまま放置すれば、最悪の場合、数万の魔物が地上に溢れ出す可能性があります」
「広域迷宮氾濫だと……! 80年前の悪夢の再来というのか!」
「我々の九州エリアでも、似たような報告が上がっている。
下層にしか出現しないはずの凶悪な個体が、浅い階層を徘徊している事例が後を絶たんのだ」
関西の武闘派ギルドマスターが机を叩いて声を荒げると、他の地方のマスターたちも次々と同調した。
日本全国、いや、おそらく世界中で、ダンジョンというシステムそのものに何らかの深刻な異常が起きようとしている。
『……マスター。各ギルドマスターたちの報告データを照合。地下のマナ・システムにおける許容量の異常なオーバーフローを確認しました』
脳内で、トラ子の分析結果が響いた。
『これほどの広域にわたる演算エラーと魔素の暴走……。
もはや単なる自然発生的なイレギュラーではありません。ダンジョンを管理する世界システムそのものの根幹に、何らかの巨大な『バグ』が寄生し、干渉を引き起こしている可能性が極めて高いです』
トラ子の言葉は、原因こそ断定できていないものの、事態の深刻さを正確に捉えていた。
『……ほう。システムの根幹を揺るがすほどの、正体不明の『バグ』じゃと?』
そのトラ子の分析を聞いて、グリ子がふいに声を落とした。
いつもなら傲慢に笑い飛ばす彼女が、今はどこか忌々しげに、そして微かな焦燥を滲ませていた。
『…………まさかな。あの執念深い大馬鹿野郎が、完全に消滅せずに泥の底でくすぶっておるとでも言うのか……? いや、しかし……』
(グリ子? 今、なんて言った?)
俺が心の中で問いかけると、グリ子は弾かれたように我に返った。
『な、何でもないわ! 気のせいじゃ。貴様は神々の事情など余計な詮索はせず、ただ目の前の敵をぶちのめすことだけを考えておればよい!』
グリ子は強引に話題を打ち切ったが、彼女が何か『世界の致命的なバグ』の正体に心当たりを持っているのは明らかだった。
とはいえ、今の俺には世界システムの危機などどうでもいいことだ。
会議の議論は白熱し、防衛線の再構築や、他県ギルド間の連携強化、あるいは危険なダンジョンの一時的な封鎖など、様々な意見が飛び交った。
だが、どれも対症療法に過ぎない。根本的な原因が解決しない限り、ジリ貧になるのは目に見えていた。
◆
「――状況は共有された。ダンジョンの異常活発化は、もはや一地方の問題ではない。我々日本ギルド連盟が総力を挙げて対処すべき国難である」
総裁が議論を一度引き取り、重々しく咳払いをした。
「だが、我々が今、ダンジョン以上に警戒すべきもう一つの脅威がある。
……裏社会で急速に勢力を拡大している、謎の犯罪組織『NULL』についてだ」
NULL。その名前が出た瞬間、会場の空気がさらに一段階冷え込んだ。
「彼らについては、いまだに全容が掴めていない。
だが、彼らが極めて危険な異能――既存の魔法やスキル体系から逸脱した、理不尽な力を行使することは確認されている。
彼らの目的は、各地のダンジョンや特異な冒険者が持つ未知のスキル……通称『大罪』や『美徳』と呼ばれる権能を回収し、世界そのものを自分たちの支配下に置くことだと推測されている」
総裁は視線を巡らせ、円卓の一角に座る片桐マスターへと顔を向けた。
「東京本部の片桐マスター。先日、東京の管轄内でNULLの幹部クラスと思われる集団との大規模な戦闘があったと報告を受けているが、詳細を聞かせてもらえるか」
一斉に、全国のギルドマスターたちの視線が片桐へと集中した。
片桐マスターは冷静な表情を崩さず、ゆっくりと立ち上がった。




