全国ギルド会議にて1
古都・京都は、朝から刺すような夏の日差しと、盆地特有の逃げ場のない蒸し暑さに包まれていた。
アスファルトから立ち上る陽炎の向こうに、古き良き寺社仏閣の屋根と、現代の象徴である巨大なダンジョンが混在する風景は、この世界が歩んできた混沌とした歴史をそのまま体現しているようだった。
国内最高級と名高いホテルのエントランスには、朝早くから黒塗りの高級車が次々と滑り込み、日本全国から集まったトップクラスの冒険者たちを吐き出していた。
今日この場所で、日本の冒険者業界の今後を左右する最重要会議――『全国ギルド会議』が開催される。
集まっているのは、各都道府県を代表するギルドのマスターらが自らの威信を懸けて帯同させてきた、一騎当千のエリート護衛たちだ。
エントランスロビーは、彼らが発する強大な威圧と、一目で国宝級と分かる豪奢な武具の輝きで、異様なほどの熱気とプレッシャーに満ちていた。
そんな厳粛かつ華やかな空間の中を、俺は東京本部ギルドマスターである片桐の斜め後ろに付き従い、静かに歩みを進めていた。
「おい、見ろよあれ……東京本部の片桐マスターの護衛か?」
「なんだあの貧乏くさい男は。黒いジャージ? それに、手に持ってるあの黄色いビニール袋はなんだ」
「冒険者の風上にも置けないな、東京のギルドもついに人材が枯渇したと見える。
あんな素人同然の荷物持ちを、神聖な全国会議の場に連れてくるとは……」
エントランスを歩く俺の姿に、周囲からあからさまな嘲笑と侮蔑の視線が集中していた。
無理もないだろう。
周囲の護衛たちが煌びやかなフルプレートアーマーや、高度な術式が編み込まれた最高級のローブを身に纏っている中、俺が着ているのは黒色に金のラインが入ったジャージだ。
おまけに右手には、『怠惰』から奪った大罪の欠片が入った、クシャクシャのドドンキのレジ袋をぶら下げている。
エリート意識の塊のような彼らからすれば、俺の存在は会議の品位を汚すゴミのようにしか見えないはずだ。
「……結城。すまんな、お前にまで不快な思いをさせてしまって。
やはり、無理にでもギルドの備品からまともな防具を見繕わせるべきだったか」
周囲からの刺すような視線に胃を痛めたのか、片桐マスターが足を止めずに小声で話しかけてきた。
「いえ、お気になさらないでください、ギルマス。
俺はこれが一番動きやすくて性に合っていますし、他人の評価で俺のステータスが下がるわけでもありませんから」
(むしろそんな装備した方がステータス下がるわけで)
俺は味方であるギルマスに対し、極めて丁寧に、そして落ち着いた声で返答した。
実際、周囲のエリートたちがどれだけ凄んでみせようと、俺の心は欠片も揺らいではいなかった。
彼らが放つ威圧感など、俺からすればそよ風にも満たない。
俺の目的はただ一つ。この全国ギルド会議に乗じて現れるであろう因縁の敵、『嫉妬』をぶちのめすことだけだ。
『マスター。周囲の対象者約40名から、敵意および侮蔑の感情波長を検知しています。……すべて、脅威度ゼロ。無視して構いません』
『ふん、己の矮小な器もわきまえぬ井の中の蛙どもが。宿主よ、あの見栄っ張りな鎧ごと、わらわの強欲で身ぐるみを剥がしてやろうか?』
脳内で、トラ子の冷静な報告と、グリ子の傲慢な笑い声が響く。
第四階位に昇格し、システム制限が解放された彼女たちは、俺の思考に頻繁に干渉してくるようになっていた。
(やめろ。俺たちはあくまでマスターの護衛として来ているんだ。面倒事を起こす気はないからな)
俺は二人をなだめながら、大あくびを一つ噛み殺し、会場となる大宴会場へと足を踏み入れた。
♦︎
全国ギルド会議の会場は、ホテルの最上階にある巨大なホールだった。
天井からはいくつもの絢爛豪華なシャンデリアが下がり、その真下には、数十名が座れる重厚で巨大な円卓が配置されている。
円卓にはすでに全国各地のギルドマスターたちが着席しており、彼らの背後、壁際に沿って設けられた待機スペースには、各々の専属護衛たちが彫像のように直立不動で並んでいた。
俺も片桐マスターを円卓の指定された席へと案内した後、壁際の待機スペースへと下がった。
両隣には、関西地方の有力ギルドから来たと思われる、全身を分厚い鋼の鎧で覆った大柄な男と、鋭い目つきの魔術師が立っていたが、彼らは俺のジャージ姿を一瞥すると、鼻で笑って露骨に距離を置いた。
俺は壁に軽く寄りかかり、ドドンキの袋を足元に置いて腕を組んだ。
「――これより、第45回『全国ギルド会議』を開催する」
定刻となり、円卓の上座に座っていた議長役の初老の男――国内最大の冒険者クランを束ねる、日本ギルド連盟の総裁が、重々しい声で開会を宣言した。
マイクを通したその声が響き渡ると同時に、会場の空気がピンと張り詰め、護衛たちの間にも一層の緊張が走った。




