閑話 世界の裏側では2
セプテムという名のバグが、いつ地表へと噴き出し、世界を崩壊させるか分からない。
危機感に駆られた統括者と管理者たちは、残されたすべての力を合わせ、来るべき最悪の災害に備えるための巨大な対抗策を構築せざるを得なくなった。
しかし、神々が直接そのバグを消去しようとすれば、世界システムそのものを初期化しなければならず、それは地上の全人類の消滅を意味していた。
神の手に頼らず、世界のバグを内側から駆除するための『免疫』が必要だった。
そこで彼らが作り出したのが、地上における『ダンジョン』と『スキル』のシステムだった。
突如として地表に大穴を開け、魔物を解き放つ。
それは人類にとっては理不尽な試練であったが、管理者側からすれば、停滞した人間の魂を極限状態に追い込み、無理やり強制進化させるための『育成機関』に他ならなかった。
魔物を倒させ、経験値を与え、レベルを上げさせる。
そうして人間たちに試練と報酬を与え続けることで、システムを脅かすバグと戦えるだけの「兵士」を、人類の中から選別し、鍛え上げようとしたのだ。
だが、神々は理解していた。
どれほどダンジョンでレベルを上げ、ステータスを強化した人間であっても、万が一、かつての主神であるセプテムが完全な復活を遂げた場合、絶対に敵うことはないと。
生物としての、存在の階位が違いすぎるからだ。
どれほど頑丈な鉄の剣を作ろうとも、神の放つ概念の前に、一瞬で消し飛ばされるのは目に見えていた。
それに対抗するためには、人間を「人間の枠」に留めずに、神の領域の力そのものを分け与えなければならない。
そこで統括者は、自らの一部の権能、すなわち『神の権能の欠片』を切り離し、人間の魂に適合できるサイズへと細分化した。
極端な人間の精神特性に紐づける形で定義されたその絶対の力こそが【大罪スキル】、そして【美徳スキル】と呼ばれる、究極の特異点だった。
だが神の力をそのまま与えれば、人間の魂はその出力に耐えきれず爆発してしまう。
だからこそ、「強欲」「嫉妬」「怠惰」といった、人間の根源的な感情のフィルターを通すことで、ギリギリ魂に定着させる形状へと書き換えたのだ。
これらをダンジョンの最奥や、世界の特異な個体の中に隠し、人間たちに競い合わせ、喰らい合わせる。
それらを統合し、魂の階位を上げ続けた者が現れた時――その者は、人間の身でありながら神の座へと片足を突っ込んだ、真の『バグ駆除』となる。
大罪と美徳。それは世界を救うための究極の劇薬であり、神々が遺した最後の希望だった。
◆
「……とまあ、これが俺たち管理者が仕組んだ壮大で迷惑なマッチポンプってわけだ」
白衣の管理者は、マグカップに残っていた冷めたコーヒーを一気に飲み干すと、ふぅと息を吐き出してパイプ椅子に背中を預けた。
モニターの中では、京都のホテルを歩く結城誠が、周囲のエリート冒険者たちから侮蔑の視線を浴びながらも、全く意に介さずあくびを噛み殺している姿が映っていた。
『警告。監視対象の結城誠の行動原理は、システム防衛を目的としたものではない。
完全なる個人的欲望によるもので万が一、彼が第七階位に至った場合、第二のセプテムとなる危険性が存在します』
「分かってるよ。あいつは正義の味方でもなんでもない。ただ、自分の大事なもんを取り戻すためだけに動いてる、超がつくほど利己的な『強欲』だ」
無機質なシステムの警告に対し、管理者は飄々とした声で答える。
「でも、それでいいんだよ。俺たちみたいな理屈っぽい神様連中の言うことなんて一切聞かない、あんな自分勝手で泥臭いバカじゃなきゃ、世界の底で澱みきったセプテムの呪いなんて、到底ぶっ飛ばせない」
管理者は立ち上がり、モニターに映る黒と金の特売ジャージの男に向かって、ニヤリと挑戦的な笑みを向けた。
「さて、次は『嫉妬』だな。……見せてくれよ、結城誠。お前がどこまで俺たちの想定をぶっ壊して、その強欲を貫き通すのか。
俺は特等席で、ゆっくり見物させてもらうぜ」
白い空間に、管理者の楽しげな笑い声が響き渡る。
世界の命運という盤上。
しかし、イレギュラーとなりつつある結城誠は、管理者の思惑など完全に無視して、天道茜とエク子を取り戻すためだけに、ただ真っ直ぐに己の拳を握りしめていた。




