閑話 200話記念特別 原初の記憶と、世界がひび割れた日2
人類の灯火が完全に消えかけ、誰もが世界の終わりを確信した、その時だった。
絶望の淵に立たされた生存者たちの中から、突如として『特別な力』を使うことができる者たちが現れ始めたのだ。
それは、世界を管理する何らかのシステムが、人類の滅亡を回避するために発動した『調停』の光だった。
それまで一般人として生きていた普通の人間たちの魂に、突如として文字が刻まれ、脳内に無機質なアナウンスが響き渡ったのだ。
――スキル、覚醒。
最初に目覚めた者たちは、最初は自らの体に起きた異変に戸惑った。
しかし、迫り来る魔物の刃を前にした時、彼らは本能的にその力の使い方を理解したのだ。
ある者は、自らの肉体に宿った圧倒的な身体能力を以て、近代兵器すら通じなかった大鬼の硬皮を、ただの一振りの剣で綺麗に切り倒した。
またある者は、現実の物理法則を書き換える超常の力――『魔法』を行使し、天から轟雷を落とし、大地から紅蓮の炎を噴き上がらせて、迫り来るモンスターの軍勢を跡形もなく屠っていったのだ。
彼らの放つ攻撃には、魔物たちの持つ魔力障壁を貫通し、その存在そのものを消滅させる『システム上の強制力』が宿っていた。
近代兵器がただの鉄屑に変えられた戦場で、彼らの振るう剣と魔法だけが、確実に怪物の命を奪うことができる唯一の光だったのだ。
世界各地で孤立していた覚醒者たちは、生き残るために互いに手を取り合った。
彼らは互いのスキルを補い合い、前衛と後衛に分かれ、泥臭く、しかし確実に魔物の大群を押し返していったのだ。
それまで逃げることしかできなかった人類が、初めて怪物の首を掲げ、勝利の咆哮を上げた瞬間だった。
彼らの戦う姿は、生き残った民衆にとって、まさに神話の英雄そのものだった。
やがて、彼らの活躍が世界中に広まるにつれ、その存在は一つの明確な職業、明確な希望として社会に浸透していった。
それこそが、現代における『冒険者』という存在の、始まりだったのだ。
迷宮の脅威から人類を救い出した力ある者たちは、その圧倒的な功績と強さを世界から認められるようになっていった。
ある者は、混乱を極めた国家を立て直すために時の為政者となり、新たな世界の法を敷いた。
またある者は、軍の最高機密である精鋭部隊の長となり、未だ残る危険なダンジョンの抑え込みに奔走した。
現代の冒険者ギルドの礎を築いたのも、この時代に命を懸けて戦った最初の冒険者たちだったのだ。
◆
そうして、人類はスキルの力を借りて文明を再建し、現代の『ダンジョン社会』が成立することになった。
現在の冒険者たちは、AランクやSランクといった階級に分かれ、システム化された環境の中で安全に、効率的にダンジョンを攻略している。
しかし。
100年前の始まりの日から、現代に至るまで、人類がただの一度も立ち入ることを許されず、攻略の糸口すら掴めないまま存在し続けている特殊なダンジョンが、世界に数箇所だけ残されていた。
それらを、現代の冒険者ギルドは畏怖を込めて『原初の迷宮』と呼んでいる。
現代の若手冒険者たちが挑むような、システムによって難易度が調整された生ぬるいダンジョンとは、根本から存在の格が異なる場所だ。
そこは、80年前の迷宮氾濫の際、最初に地球の地表に現れた『災厄の根源』そのものだった。
原初の迷宮の最深部に君臨する存在は、現代の最高ランクのモンスターたちが完全に霞んでしまうほどの、圧倒的な力、圧倒的な格を有していた。
それらはただそこに存在するだけで、周囲の空間の概念そのものを歪め、立ち入る者の魂を根こそぎ消滅させるほどの絶対的な『世界のバグ』であった。
◆
ハッと、俺は目を開けた。
視界を覆っていた黄金色と漆黒の幾何学模様が霧散し、ホテルの客室の、静かなオレンジ色の間接照明の光が俺の目に飛び込んできた。
全身にじっとりと嫌な汗が滲んでおり、ジャージの胸元が激しい鼓動で波打っている。
「はぁ、はぁ、っ……」
『マスター、お見事です。第四階位に上がったばかりの魂の器で、100年分のログの濁流に耐えきるとは……』
『ふん、少しは世界の広さが分かったか宿主よ。貴様が戦っておるNULLの連中や、これからぶちのめす『嫉妬』のエンヴィーとやらは、その原初の迷宮から漏れ出したほんの僅かな泥を啜って喜んでおるだけの、矮小な存在に過ぎん。
……もちろん、今の貴様の敵ではないがな』
グリ子が、俺の胸の奥にある【強欲】の炎をさらに煽るように、クスクスと不敵に笑った。
俺はベッドから起き上がり、窓ガラスに近づいて、夜の京都の街並みを見下ろした。
100年前に世界が一度滅びかけ、先人たちが命を懸けて繋いできたこの不完全で、だけど愛おしい現実の世界だ。
その世界を、理不尽な嫉妬心だけで再び泥に塗れさせようとしている男が、すぐ近くに潜んでいる。
「……そんなのは関係ない」
俺は、窓ガラスに映る自分の瞳をじっと見つめた。
「俺の欲しいものは、あの騒がしい相棒をもう一度呼び戻すこと。
そして、天道さんの笑顔を取り戻すことだけだ。
……それを邪魔する奴は、誰であれ、この拳でねじ伏せるだけだ」
俺は枕元にあるドドンキの袋をガサリと掴み、迫り来る明日の一大決戦に向けて、静かに闘志を研ぎ澄ませていった。




