閑話 200話記念特別 原初の記憶と、世界がひび割れた日1
気づいたら200話……
せっかくなので黎明期のお話を入れます。
少し長いかもしれないですが、お付き合いください。
古都、京都。
全国ギルドマスター会議の会場となる最高級ホテルの、夜の静寂に包まれた一室。
窓の外には、歴史ある街並みの向こうに、現代の象徴であるダンジョンの巨大な光柱が不気味に夜空を穿っているのが見えていた。
俺――結城誠は、ベッドの上に胡坐をかき、ジャージの襟を少し緩め、静かに目を閉じていた。
枕元には、『怠惰』のスロースから剥ぎ取ったドス黒い大罪の欠片を仕舞ったドドンキの袋が静かに置かれている。
スロースを精神的に完全に屈服させ、そのスキルを強奪したことで、俺の魂の格は【第三階位】から【第四階位】へと昇格した。
更には俺の脳内に宿るシステムAIたちの気配にも劇的な変化が起きていた。
『マスター、魂の格が第四階位へ至ったことで、システムに掛けられていた初期リミッターの第二段階が解除されました。
これにより、暗号化データベースのうち、世界基盤に関する記録の開示が可能となりました』
(記録、か。俺たちの生きているこの世界が、どうやって今の形になったのかっていう記録か?)
『はい。ですが、今閲覧できるのは、現在から約100年前の初観測データから、現代に至るまでの人類の生存闘争の記録の様です。
マスターが今後、【第七階位】へと至り、エク子先輩を現実世界に完全顕在化させるためにも……この世界の成り立ちを知ることは、魂の器を広げる一助となるはずです』
『ふん、調停者の遺した古臭い記録か。まあ、宿主よ、知っておいて損はないぞ。
わらわたち【大罪】や【美徳】の権能が、なぜこの世界にバラ撒かれることになったのか、その泥臭い始まりの話も知る事ができるかもしれん』
グリ子もまた、珍しくからかうような調子を捨て、語りかけるような声で言った。
(……分かった。トラ子、その記録を見せてくれ。俺たちが戦っている相手の正体を、もっと深く知るために)
俺が心の中でそう告げた瞬間、視界の裏側で、黄金色と漆黒の幾何学模様が激しく明滅し始めた。
♦︎
魂の奥底にある記憶の扉が強引に押し開かれ、俺の意識は、現代のあらゆる常識が通用しない「過去」へと、深く、深く沈んでいった。
◆
今からおよそ100年前。
世界は、一度文字通り滅びかけていた。
当時の地球には、ダンジョンも、魔術も、ステータスという概念すらも存在していなかった。
人類は科学という絶対の灯火を信じ、文明の利器を以て星の覇者として君臨していた、そんなごく普通の時代だった。
しかし、その平穏はある日、何の前触れもなく、静かにひび割れ始めた。
原因は、後に『モンスター』と呼ばれることになる、謎の異界生物の出現だった。
当時は、誰もその生物の正体を知らなかった。
それがどこからやってくるのか、どのような生態を持っているのか、その当時は観測するための技術すら存在しなかったのだ。
彼ら魔物は、現実世界の物理法則を完全に無視した『未知の空間』――現代で言うところの、ダンジョンの中に潜んでいたからだ。
最初は、ごく小さな、局所的な怪異に過ぎなかった。
ある地方の深い森で、あるいは霧の深い夜の裏路地で。
突如として人間が姿を消す。
残されるのは、獣のそれとは明らかに異なる、不気味な巨躯の足跡や、既存の生物には不可能な引き裂かれ方をした肉片の痕跡だけ。
ある時は『神隠し』と、ある時は『悪魔の仕業』と、民衆は恐怖を込めて語り合った。
やがて文明が進み、世界が情報の網で覆われるようになると、その言葉は『未確認生命体(UMA)』や『エイリアンの侵略』へと姿を変えたが、本質は何も変わっていなかった。
人類の科学の目から巧妙に隠れ潜み、日常の裏側で確実に人間を捕食し続ける、絶対的な異物だ。
何より絶望的だったのは、誰にもその存在が証明されていなかった時代ゆえに、それらを「倒す術」が全く無かったことだった。
通常の銃弾は彼らの肉体を包む不可視の魔力障壁に弾かれ、どれほど精巧な罠を仕掛けようとも、空間そのものを転移する彼らを捉えることはできない。
人類は、自分たちの住処のすぐ隣に、決して勝つことのできない天敵が巣食っている恐怖に、怯え続けることしかできなかったのだ。
◆
そして、今から約80年前。
それまで点在していた世界のひび割れが、ついに限界を迎えて弾け飛んだ。
後に歴史書に最悪の災厄として刻まれることになる、史上最初の広域ブレイク――『迷宮氾濫』の発生だった。
世界各国の主要都市の地上に、突如として大穴が開き、そこから濃密な魔素と共に、数十万という異形の軍勢が地表へと溢れ出してきたのだ。
それまで都市伝説の枠に収まっていた怪異たちが、圧倒的な質量となって、人類の築き上げていた文明を容赦なく蹂躙し始めた。
人類は、その時代に持ちうる最高の科学技術と軍事力を結集し、この謎の生物たちとの全面戦争に臨んだ。
各国の軍隊が動員され、幾つもの戦車が火線を列ね、最新鋭の戦闘機が空を埋め尽くした。
兵士たちは銃を構え、剣を握り、あらゆる爆弾やミサイルを魔物の大群へと投下したのだ。
しかし、その結果は、人類の歴史上最も凄惨極まるものだった。
大地を揺るがすほどの凄まじい大爆発が巻き起こり、数え切れないほどの火薬が消費されたが、魔物たちの進軍は止まらなかった。
近代兵器による物理的な破壊エネルギーは、魔物たちが本能的に身に纏う障壁によって、その大半が無効化されてしまったためだ。
戦車は巨大な大鬼の一撃で容易くスクラップに変えられ、戦闘機は天空を支配する怪鳥たちのブレスによって撃ち落とされた。
どれほど強力な火力を叩き込もうとも、生物としての『次元』が違う怪物たちには、ほとんど効果がなかった。
主要都市は瞬く間に壊滅し、天を突く高層ビルは崩壊し、美しい街並みは血と炎で赤黒く染まった。
人類の誇る総力戦は、ただの一方的な虐殺へと変わり果てていたのだ。
防衛線は次々と突破され、国家の機能は麻痺し、人々は地下や安全な地方へと逃げ惑うことしかできなかった。
地球という星の主権が、人類の手から完全に零れ落ちようとしていた、真の絶望の時代だった。
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