怠惰との戦い2
「まぁ、スタブルくんが負けたのはある程度予想通りだけどさ。
君のその異常な力の底がどこにあるのか、僕が直接手を下す前にもうちょっとだけ見せてもらおうかな。
……ほら、君たち。そろそろ起きて仕事してよ」
スロースが、気怠げにパチン、と指を鳴らした。
その瞬間、スロースの巨大なベッドの影と、近くの廃車の車の山の中から、二つの影がのそりと這い出してきた。
「ふぁぁ……。ボスぅ、アタシまだ眠いんですけどぉ……。日光、肌に悪いしぃ……」
ベッドの影から現れたのは、ダボダボのスウェットを着た若い女だった。
髪は鳥の巣のように乱れ、目の下にはくっきりと濃いクマができている。
彼女の細い腕には、自分の背丈ほどもある巨大な『抱き枕』がしっかりと抱えられていた。
もう一人は重そうな『毛布』を頭からすっぽりと被った、猫背の男だった。
「……歩くのも、ダルい。スタブルの奴、あんなジャージの男に負けたんすか……。
まったく使えない髭野郎だ……」
毛布の隙間から覗く目は虚ろで、まるで生きる気力そのものが欠落しているような、酷くどんよりとした瞳をしていた。
「紹介するよ。僕の可愛い側近たち。
抱き枕を持ってるのが『レイジィ』で、毛布を被ってるのが『ローファー』。二人とも、スタブルくんと同等か、それ以上の力を持った僕のエリートだよ、すごいでしょ?」
スロースはベッドにゴロンと横になり、興味なさそうに俺を手で払う仕草をした。
「適当に痛めつけて、彼が動けなくなったら起こして。僕はもうひと眠りするから」
「はぁーい……。じゃあ、サクッと終わらせて、アタシも二度寝しますぅ……」
「……了解。さっさと潰す」
レイジィとローファーと呼ばれた二人の側近が、気怠げな足取りで俺の前に立ち塞がった。
見た目はただの不健康な引きこもりの男女だ。
だが、彼らの身体から漏れ出す『怠惰』の魔力は、先ほどのスタブルの無精髭の比ではないほど濃密で、周囲の空間を重く歪めていた。
『マスター、警戒してください。対象の二名から、極めて特異な魔力波長が展開されています。
物理的な攻撃力よりも、概念的なデバフ(弱体化)に特化した能力のようです』
「デバフね。面倒くさい連中だ」
俺は軽くステップを踏んで構えを取った。
「ふぁぁぁ……。それじゃあ、おやすみなさぁい……」
先陣を切ったのは、女の方――レイジィだった。
彼女が抱えていた巨大な抱き枕を無造作に振り回した瞬間、抱き枕の表面から、ピンク色の怪しげな煙のような『音波』が、波紋を描いて広範囲に放たれたのだ。
「【催眠のあくび(スリープ・ウェイブ)】……」
ピンク色の音波が俺の身体を通過した瞬間、脳の髄が直接揺らされるような、強烈な睡魔と倦怠感が襲いかかってきた。
視界がぐにゃりと歪み、瞼が鉛のように重くなる。
全身の筋肉が強制的に弛緩し、「もう戦うのをやめて、このまま地面に倒れ込んで眠ってしまいたい」という抗いがたい欲求が、脳内を支配しようとしていた。
『警告! マスターの精神領域に強制睡眠の干渉! 脳波が急速に低下しています!』
「チッ……!」
俺は奥歯を強く噛み締め、痛覚で無理やり意識を覚醒させた。
確かに厄介な能力だ。普通の冒険者なら、この音波を浴びた瞬間に立ったまま眠りに落ちていただろう。
だが、俺の【第三階位】に昇格した魂の器と、異常なまでのステータスは、その概念的な強制睡眠すらも強引に弾き返していた。
「悪いな。俺は眠らないよ」
俺は睡魔を気合いで振り払い、レイジィめがけて一気に地面を蹴った。
まずは広範囲デバフを撒き散らす後衛から潰す。
踏み込みは、瞬きする間もなく彼女の懐へと俺を到達させた。
「えっ……? アタシのあくびを浴びて、なんで動け……」
レイジィが驚愕に目を見開く。俺の右拳が、彼女の顔面めがけて容赦なく振り抜かれようとした、その瞬間だった。
「……遅い」
ボソリと、地を這うような低い声が足元から響いた。
いつの間にか、毛布を被った男――ローファーが、俺とレイジィの間に割り込むようにしゃがみ込んでいた。
「【気だるき重圧】」
ローファーが被っていた毛布をバサリと翻した瞬間。
俺の身体に、目に見えない何十トンもの『重力』が、文字通り上から押し潰すようにのしかかってきた。
「……ッ!?」
ミシィッ! と、俺の足元の分厚い鉄板が悲鳴を上げて陥没した。
ただの物理的な重さではない。
それは「動くのが億劫になる」という怠惰の概念そのものを、強制的な重力として具現化させた結界だった。
「アタシのあくびで神経を鈍らせて、ローファーの重圧で身体を固定する。
……これぞ、絶対に働きたくないアタシたちの、完璧な『二度寝コンボ』ですぅ……」
レイジィが抱き枕を抱えながら、下卑た笑いを漏らす。
「お前みたいな脳筋は、こうやって地面に這いつくばらせて、そのまま永遠に眠らせてやるのが一番なんすよ……。ほら、潰れろ」
ローファーが毛布を持った手をさらに押し下げると、俺にかかる重力波が跳ね上がった。
周囲のスクラップ車が、見えない巨大なプレス機にかけられたようにメキメキとひしゃげ、紙くずのようにペチャンコに圧縮されていく。
推定、数百倍の重力。
普通の人間なら、内臓が破裂し、骨が粉々になって即死しているレベルの圧力だった。
『マスター! 強力な重力結界です! 回避不可能です!』
トラ子の悲痛な叫びが響く。




