怠惰との戦い
東京郊外、第4廃材置き場。
そこは、見渡す限り赤茶けたサビだらけのスクラップ車や、用途すら分からない巨大な鉄の塊が山のように積まれた、荒涼とした人工の砂漠だった。
アスファルトの照り返しとは違う、鉄が熱を持ったことによる刺すような熱気が周囲を支配していた。
更にはジリジリと肌を焼く西日が容赦なく降り注ぎ、山積みの鉄くずの輪郭を歪な陽炎の中に溶かしている。
鼻を突くのは、酸化した鉄錆と、古い廃油が混ざり合ったひどく不快な匂いだけ。
セミの鳴き声すら届かない、完全に死に絶えた無機質な空間だった。
ザクッ、ザクッと、足元の砂利とガラス片を踏み砕く音だけが、静寂の中で響いていた。
俺はジャージのポケットに両手を突っ込んだまま、油まみれの地面をゆっくりと歩み進めていた。
「……こんなクソ暑い場所に呼び出すとはな。嫌がらせのセンスだけは一人前らしい」
額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、俺は低く独りごちた。
これしきの暑さでバテるような柔な作りはしていない。
だが、精神的な不快感は別だった。
俺の胸の奥では、この茹だるような熱気以上に、ドス黒く熱い『怒り』の炎がチリチリと燃え盛っていた。
恩人である天道茜の人生を、理不尽な嫉妬心だけでめちゃくちゃに破壊した男。
その居場所を知る手掛かりが、今、この廃材の山の向こうで俺を待っている。
それだけではない。
奴が宿している『大罪のスキル』を喰らい、俺の魂の【格】を第四階位へと引き上げること。
それが、消えてしまったあのエク子を再構築するための、絶対に避けられない通過点だ。
『……マスター。前方約100メートル、中央の開けた広場に、規格外のマナ反応を検知しました。
間違いありません、『怠惰』のスロースです』
脳内で、トラ子が静かに、しかし確かな緊張感を孕んだ声で報告をしてくる。
『うむ……。遠くからでも分かるぞ、このひどく淀んで、腐りきったマナの臭い。
わらわの【強欲】とは正反対の、ひたすらに世界を停滞させる泥沼のような気配じゃ』
グリ子もまた、不快感に満ちた声で吐き捨てた。
俺は小さく息を吸い込み、うず高く積まれたスクラップの山を抜け、トラ子が示した中央広場へと足を踏み入れた。
そこには、周囲の荒れ果てた景色とはおよそ不釣り合いな、異様な光景が広がっていた。
圧縮された廃車のブロックを土台にして、どこから持ち込んだのか、最高級のシルクで設えられた純白の『天蓋付きベッド』が鎮座していたのだ。
周囲には氷を満たしたワインクーラーや、高級なフルーツが盛られた銀の盆が無造作に置かれている。
そして、そのふかふかのマットレスの上で、高級そうな黒いシルクのパジャマを着た若い男が、だらしなく大の字になって天を仰いでいた。
「あー……暑い。溶ける。なんで僕、クーラーのガンガン効いた部屋から、わざわざこんな外に出ちゃったんだろう……」
男は手元のハンディファンを顔に当てながら、心底面倒くさそうに呟いていた。
あれが、闇の組織NULLの幹部。
先ほどギルドで自らの配下であるスタブルを、一切の躊躇なく砂に変えて見捨てた冷酷な男だった。
「おい。自分で呼び出しておいて、寝てんじゃねえよ」
俺が低く、よく通る声で呼びかけると、男――スロースは「んぁ?」と間抜けな声を漏らし、のろのろと上体を起こした。
ボサボサに乱れた髪の隙間から覗く目は、常に眠気を帯びているようにトロンと半開きになっている。一見すると、どこにでもいる無気力な青年にしか見えない。
だが、その男から放たれる圧倒的な『異常性』をヒリヒリと感じ取っていた。
「やぁ、強欲くん。本当に一人で来ちゃったんだねぇ。……ふぁぁ」
スロースは大きな欠伸を一つすると、眠そうな目を擦りながら俺を見た。
「君も物好きだよね。こんなクソ暑い中、わざわざ僕なんかのために出向いてくるなんてさ。
ギルドのお偉いさんとか、強い冒険者を何人か連れてくるかと思ったのに」
「テメェをブチのめして、嫉妬の奴の居場所を吐かせるのに、他人の手なんか借りる必要はねえ。
それに、お前が持ってるその『大罪の欠片』も俺が貰い受ける。巻き添えは少ない方がいいからな」
俺が真っ直ぐに宣告すると、スロースはハンディファンをベッドに放り投げ、やれやれと大げさに肩をすくめた。
「はぁ……。野蛮だなぁ、本当に。
君みたいな底なしのエネルギーを持ったバカ力と真っ向から殴り合うなんて、僕がこの世で一番嫌いなことなんだけどなぁ」
「というかさ、なんで僕がわざわざ、こんな小汚くて暑い廃材置き場をわざわざ指定したか分かる?」
「さあな。趣味が悪いとしか思えねえよ」
「違うよ。僕がわざわざ自分の部屋から移動するだけでも奇跡的なのに、これ以上一歩も歩きたくなかったからさ。
……ここ、コイツらたちの『寝床』の一つなんだよね。
彼らを僕の部屋まで呼び出すのすら面倒だったから、君の方から彼らの寝床に赴いてもらったってわけ」
スロースはベッドの上であぐらをかき、面倒くさそうに自身の首をコキリと鳴らした。




